琥珀の思い出 5



3つのポイントを通過し、ゴールする。
オリエンテーリングのルールは至ってシンプルだった。
ポイントの記された簡単な森の地図がわたされた。
あちらこちらで二人組みの近衛兵達が頭をつきあわせ、地図に見いっている。
とにかく進もうと歩き出している者達もいる。
オスカルとギルマンはできうる限りの距離を作りながら、それでも二人で地図を確かめた。ポイントAはここ、出発地点の近くだった。ポイントBは森の西側、ポイントCはゴールのすぐ近くにあった。
どの順番で回っても良いが必ず3箇所をまわり印を集めてこなければならない。素直に地図をみれば、A,B,Cの順に回るのが一番速そうだった。
「行くぞ!」
ギルマンがさっさと歩き出した。
「おい!待て!どこへ行くつもりなんだ!」
オスカルが止める。
「どういう順番で回るか先に計画をたてた方がいい!」
「へっ!これだから女は。計画もなにもあったものか!地図を見ればわかるだろう。まずはAへ向かう。そしてB,それからCだ!ほら、見ろ!もう、ほとんど皆、出発してる。早くしないと遅れるぞ!」
ギルマンが苛立つ。
事実、ほとんどの者がA地点へ向けて歩き、あるいは走りだしていた。
「女の足は遅いからな。ただでさえも足を引っ張られそうなのに。」
あいかわらず女を連発し、オスカルを侮辱する。
そんなギルマンを一瞥し、オスカルが言う。
「いいかギルマン。よく聞け。私はこの森へはよく遠乗りに来るんだ。だから、よく知っている。このA地点の近くにかなり深い渓谷があり川も流れている。このままA地点へ向かっても結局その谷を迂回するためにゴール近くまで行かなければならない。しかもかなり険しい道のりだ。それよりは先にBへ回るべきだ。道も比較的よく早く到達できるだろう。それからCだ。BからCへ向かえば川も浅く簡単に渡れる。
最後にAだ。
一見遠回りのようだが、これが一番近道のはずだ。
だいたい、この地点をA、B,Cと名づけるところからして罠なんだ。当然、ABCの順に回るべきだと思わされてしまう。」
ギルマンは悔しさに奥歯をかみしめた。
いつもこうなのだ。
どう頑張ってもこの自分はこの女に勝てない。
オスカルの優秀さを見せ付けられるほどに、彼の屈折した怒りはたまっていく。
それでもオスカルに従うしかない。
仏頂面のままオスカルの後に続いた。
「少し走ろう。」
オスカルが促す。
「ここは道がいい。ここから先は走れるようなところはない。今のうちに先へ進んでおこう。」
「おれに命令するな!!」
ギルマンが精一杯の方法で怒りをぶつける。
オスカルは至って冷静にギルマンを見る。
「別に命令したつもりはない。お前が歩きたいならそれでいい。」
オスカルは若干、歩を速めつつも走るのをやめた。
ちっと舌打ちをし、ギルマンは小走りに走り出した。
オスカルはその後を追うように走る。
くっそー!負けるものか!とギルマンは走る。
だが、最後はやはり自分が先に息があがる。
ぜぇぜぇいいながら木に手をつく。
そのままがっくりとひざをつくギルマンに、大丈夫かと声をかけるオスカルはいまだ顔色すらかわっていない。
こんなことの全てがギルマンにとって、理不尽な怒りの種になるのだった。
そうこうして2時間くらいたった。
オスカルが注意深くあたりを見回す。
「そろそろだと思うんだが....。」
地図をもう一度確認する。
小道から西に100メートルほどそれた所にある一番高い楡の木。
それがポイントBだった。
「おい、あれじゃないか。ほら、背の高い木が見える。」
「ああ、あれは楡の木じゃない。ケヤキだ。」
オスカルに一蹴される。
「あ!あれだ。あれに違いない。」
オスカルが指をさす。
ひときわ高い木が見える。
ギルマンは憮然とするが、オスカルの後についていく。
間違いなくそれはポイントBの楡だった。
根元に小箱がある。
中の紙に二人が間違いなく来たことを記すサインをし、更に中に入っているチケットを1枚手に入れた。
「よし、まだ誰も来ていないようだな。今度はC地点だ。急ごう。」
オスカルがギルマンを促す。
悔しくても後に従うしかない。ギルマンは黙ったままオスカルの後を歩いた。

オスカルの言うとおり、BからCへ向かう途中に川が流れていた。
二人は石を選び、飛び移りながら川を渡る。
浅瀬なので子供でも渡れそうだった。
「順調だな。」
オスカルがニヤリとギルマンに笑いかける。
ギルマンはふんっとそっぽを向く。
「次のポイントは丘の上の草むらの大石か・・・。丘は向こうにある。急ごう。」
オスカルは更に歩を速めた。
実際、オスカルは森をまるで自分の庭のようによく把握していた。
森は子供の頃の遊び場であり、遠乗りの場所であったが、それ以上に今日の日まで時間を見つけては何度となく下見に来ていたのだ。
そんな影の努力をおくびにも見せない彼女の様子は、ギルマンの嫉妬の対象にしかならなかった。
はたしてオスカルの言うとおりの場所に丘はあった。
丘の真ん中に一目でそれとわかるような大石があり、その脇にさっきのポイントBと同じ小箱が置かれていた。
まだ誰も手をつけた様子がない。二人はだんとつトップをいっているようだった。
「よし、後はポイントAだな。この先は道があってないようなものだ。慎重に行こう。」
ギルマンが返事をしようがしまいがかまわない。
オスカルはさっさとAに向かう。
悔しさに青ざめながらギルマンが後につづいた。
オスカルの予想は正確だった。
道と呼べるようなものはもうなかった。
オスカルの歩みはかなり遅くなった。
「おい、何している。さっさと歩け!」
ここぞとばかりギルマンが命令口調でオスカルに言う。
「待て。闇雲に歩くと方向を誤る。」
オスカルはしきりに空を見上げ地面を見つめ、それから歩く、ということを繰り返していた。
「何をしてるんだ!女はこれだから!」
ギルマンはオスカルをおいて先を行こうとした。
「待て!ギルマンそっちじゃない!」
オスカルがとめる。
「こっちだろう!ポイントはAは!Cの南側だ!」
「だからそっちは南じゃない!」
ギルマンがつまる。
「こんなに鬱蒼とした森では方向感覚がおかしくなってしまう。よく太陽の位置を確かめるんだ。」
オスカルは日のさす場所を見つけては影のあり方を確認していたのだ。
「そっそれなら先に言え!」
ギルマンの怒りはだんだん頂点に達してくるようだった。
A地点は三つの岩の西側、ケヤキの中の一本杉だった。
「これだな。三つの岩だ。」
オスカルが見つける。
「西に行こう。」
「言われなくてもわかってる!!」
少し西に進んだところでケヤキばかりがあり、その中に杉が見えた。
「あれだ!」
二人は難なくポイントAを見つけることができた。
ポイントAすらまだ誰も手付かずのようだった。オスカルの予想どおり皆、渓谷にはばまれ、川を迂回するために険しい道を北上しているに違いない。
ギルマンは小箱からひったくるようにポイントCのカードを取った。
「さぁ、後はゴールを目指すだけだな。」
オスカルがさっさと元来た道を戻ろうとする。
「いい加減にしろっ!!」
ギルマンが我慢の限界とばかりに怒鳴った。
「何のことだ?」
オスカルは顔色も変えずに聞き返す。
「命令するのはやめろ!俺は貴様なんかの!女なんかの部下じゃない!」
「部下だなんて思っていない。私がいつお前に命令した?」
「出発してからずっとだ!何様のつもりだ!」
オスカルはしげしげとギルマンを見た。
「わかった。私の言い方で気に障るようなことがあったら謝る。」
オスカルにそうあっさり言われてギルマンは怒りのぶつけようを見失う。
「ゴールまでは俺が先導する。いいなっ!」
捨てゼリフのように言い、オスカルと逆の方へ歩き出す。
「おっおい!どこへ行く!」
「決まってるだろう!ゴールだ!」
「来た道を帰った方がいい!」
「ふんっ!道なんかなかったじゃないか!少しでも早いほうがいい。このまま北上するさ!」
ギルマンは立ち止まりもせずに歩いていった。
「おいっ!待てっ!そっちは!」
オスカルがとめるのも遅かった。
ギルマンの足元ががらりと崩れる。
「うっうわっ!」
その先にはオスカルが言った渓谷がぱっくりと口を開けていたのだった。
「わあああっ!!」
咄嗟に廻りの草にしがみつく。
その草が重さに耐えかねぶちぶちと切れていく。
「危ないっ!!」
オスカルがギルマンの片手を辛うじて捕らえた。
ギルマンの足は頼りなげに空中をぶらぶらしている。
オスカルの左手はギルマンの右手を、オスカルの右手は若くて細い木の枝を?んでいた。
「たっ助けてくれ。助けてくれ!お...おい!手を離すな!」
引き揚げてやりたくても足場が悪い。いつオスカルのところまで崩れるかわからない。右手で枝を?み、左手でギルマンを捕らえているだけで精一杯だった。ひどい痛みが掌や肩を襲う。それでも手を離すわけにはいかない。
「何かっ!何か足がかりがないか!」
「助けてくれぇ!」
「おいっ!左手を上げろ。そこの若木を?むんだ!」
「助けてくれ!手を離すなぁ!!」
「おいっ!ギルマン!聞け!!落ち着け!!」
その時、オスカルの?んでいた若木が頼りなげにずるずると谷の方へのびてきた。
根が抜ける。
「ギルマン!足がかりを!」
次の瞬間二人を悲鳴ごと渓谷が飲み込んだ。
ごつごつした岩肌にぶつかりながら二人は谷底へ転落した。


つづく