「琥珀の思い出・・・8」



「本当にいいのか?俺まで。」
「ああ、もちろんだ。アベラール先生はとってもいい方だ。きっと歓迎してくださる。ずいぶん、ご無沙汰してしまった。ああ、どうなさっているだろう?アシルは元気かな?」
子供のようにはしゃぐオスカルを見つめ、アンドレはますますアベラールに興味を抱いた。
 オリエンテーリングの準備、参加、負傷、療養とオスカルの時間は慌しく過ぎ、久しぶりの訪問となる。
 オスカルはアンドレを誘いアベラール邸を訪れることにしたのだ。

ふと、饒舌に語るオスカルが黙り込んだ。
アンドレはどうしたのだろうと彼女を見つめる。
見つめられていることに気がつき、我にかえったオスカルが軽く咳払いをする。
まずい...、また例のことを考えこんでしまった。
例のこと。
ジャルジェ夫人の恋人だったのかもしれないというアベラール医師の過去。
どうしてもそのことをアンドレに話す気持ちにはなれない。
事実はどうでもよい、一度は自分にそう言い聞かせたものの、ついついふとした拍子に思い出しては考え込んでしまう。
気まずそうなオスカルを見てアンドレの方から話題を変えた。
「そう言えば来月の国王陛下夫妻の舞踏会、遠くからマリー・アンヌ様ご一家がお見えだそうだな。マリー・アンヌ様のご長女エレーヌ様もベルサイユ・デビューというわけだ。オスカル、お前も久しぶりだろう?」
「そうなんだ。姉上の夫のヴェルデ伯爵も子煩悩でな。」
「無理もないさ。ヴェルデ伯爵様にとってはお年をめされてからできたお子だからな。」
「そうだな。ばあやによるとマリー・アンヌ姉上は、父上より年上の殿方でもよいとおっしゃるほどの年上好きだったのだそうで.........」
そこまで話し、オスカルがふと止まる。
なんだろう...?
前もあった。
マリー・アンヌ姉上のことを話していた時...。
何か考えなければならないと思った。このこと...。
このこと...?
そう、マリーアンヌ姉上の年上好き...のこと...

次の瞬間、オスカルの顔が驚きにあ!!と顔を見開かれる。
そうか...!!
マリー・アンヌ姉上だ!!
アベラール医師の恋人...!!
あの幼い日の遠い記憶。
琥珀の思い出!

―――琥珀...、これは琥珀....。悠久の時を閉じ込めた石...。永遠の愛の証として交換した私の宝....―――
頭の中に幾度と泣くこだましたあの声...。あれは.........!!

「そう...か...。そうに違いない...。」
オスカルがつぶやく。
「どうしたんだ?オスカル。」
アンドレがいぶかしげに声をかける。
オスカルがはっと我にかえる。
「あ...、いや、その、何でもない。だが...。」
オスカルは思わずふふふと笑みをもらした。
そうか、それで合点がいく。母上に水を向けても何もおっしゃらなかった。あのご様子が演技とも思えない。
爵位のない貴族と代々伯爵将軍を継いでいくジャルジェ家...。確かに身分違いと周囲は反対するだろう。
悲恋となれば笑い事ではないが、母親の恋人であったと思うより、姉の恋人の方が何故か気持ちが楽になる。
そんな気がした。
アベラール医師は魅力的な人物だ。姉上が惹かれたのも無理はない。いや、もしかしたら姉上の年上好きはそこから端を発したのかもしれない。彼のあの落ち着いた物腰、何でも受け入れ支えてくれそうな広く暖かい人柄、確かにうんと年上の男性だからこそ見出せる魅力だ。
若き姉上はアベラール医師との初恋が忘れられず、年上の男性を好むようになった。そうも考えられるではないか!
「なんだ...。そうだったのか!」
謎解きの答えを得たようにオスカルが笑う。
「なんだよ、気持ち悪いな。おい、オスカル!」
「あ...、う...、いや本当に何でもないんだ。」
ごまかそうと思ったそんな時、オスカルの視界に大きな楡の木が入ってきた。
「あ、見えてきた!ほら、あの館だ!大きな楡の木のある!」
オスカルが嬉しさに頬を紅潮させる。
初夏の風が気持ちのよい休日、オスカルとアンドレの二人はアベラール邸を訪れた。
ドア・ノッカーをノックするといつものように「はーい!」とアシルの元気な返事が聞こえる。
すぐにかわいらしい少年の笑顔がのぞく。
「あ!オスカルさま!」
尚、一層の笑顔になる。
「嬉しいな、嬉しいな!しばらくぶりですね!アベラール先生もお待ちかねですよ!」
少年は、アベラールを呼びながら二人を中へ招きいれた。
「おお、おお、オスカル殿。よくいらした。」
アベラールの温厚な笑顔を見るだけで、オスカルは全ての傷が癒される気がした。
「突然、お邪魔しまして。」
「なんの。いつでも構いませんとも。」
「あ、こいつはアンドレ。アンドレ・グランディエです。私の幼馴染です。」
「アンドレ・グランディエです。突然、お邪魔して申し訳ありません。」
アンドレも一見してこの老医師に好感を持った。
なるほど、オスカルが気に入るわけだ。
アンドレは握手をしようと右手を差し出した。
ところがアベラールは微動だにしなかった。
ただ、驚きに目を見開きアンドレを見つめた。
「...?...」
アンドレは訳がわからず右手をそのままに立ち尽くす。
やっとアベラールが我にかえる。
「いや......、いや、失礼。」
右手でアンドレの手を握る。
「クロード・エミリアン・ド・アベラールです。はじめまして。」
その手を握ったまま、アベラールはアンドレを愛おしそうに見つめた。
「そうか...。そうか...、君が...。」
アベラールはオスカルの方に振り向き微笑む。
「わかりましたよ。オスカル殿。あなたの奇跡の秘密が...」
オスカルは何のことやらわからずにいる。
「この前、お話したでしょう。あなたは奇跡のような方だと。
あなたは女性でありながら、そのハンデを乗り越え、そしてそれ以上の結果を生んだ。その上、あなたはその自分の努力にも結果にも奢らず、常に全力で生き、女性であるが故にあなたは人一倍の努力をし、結果を得、女性であるが故にあなたは苦しみ、その苦しみ故に優しさを知っている人だと。
しかし、それでも私は不思議でならなかった。何故、そのようなことが可能なのか。
何故、そのような過酷な条件下でこのような見事は白薔薇が咲き誇ったのか。美しい花を咲かせるのには甘やかすだけではいけない。ある程度の厳しい条件下でより美しい花が咲く。だからといってあまりに厳しい条件では咲く前に枯れてしまう。
私は不思議でならなかった。あなた、オスカル・フランソワという白薔薇が何故、奇跡のように、ここまで輝き咲き誇ることができたのか。
......アンドレ君。」
アベラールはくるりとアンドレの方を向きなおす。
「君が支えているからなんですね。」
アンドレははっとした。
初めて会って、初めて交わしたことばなのに、そのことばはアンドレの目頭を熱くした。
にっこりと微笑むアベラール。
アンドレはその笑顔がどこまでも見透かしているのではないかと感じ、頬を紅くした。
アンドレのオスカルに対する気持ち。
オスカルは気づいていない、彼の異性として向けられる彼女への愛。
だからこその捨て身なまでの献身。
それがオスカルを支えているのだと。
それでも...。
それでもいいか。見透かされても。
アンドレもオスカルがアベラールに対して思うのと同様に安心した子供のようでいられた。


「本当にあの時はもうだめだと思いました。崖から転落した時!」
アベラールはオスカルのオリエンテーリング優勝を心から喜び、その顛末を興味深く聞いた。
「それで、それ以降その男、ギルマン大尉はあなたに対する嫌がらせをしなくなったのですな?」
「ええ、そうなんです。私の顔を見ると何故か妙に紅くなって...、避けられてるようなかんじです。どういうことなんだろう?ま、いいんですけどね、なんでも。大人しくなりさえすれば。」
アベラールはアンドレと目をあわせ二人でふふふと笑い声をもらす。
ワインをこくりと喉に流しいれるオスカルはそんな二人に気づくでもなかった。
「本当にオスカル殿。あなたはすばらしい。ついにはそんな卑怯な輩すら制することができた。全てあなたの実力です。あなたの精神がその下らない男をよせつけなくさせたのです。」
「よく...、わかりません。自分では...。
でも、アベラール先生のおっしゃるように、もう、これで大丈夫だと自分で思えます。もう、あんな卑怯な輩は現れない...というか...。寄せ付けない...というか。うーん、よくわからないんですけど。何かわかったみたいな...。やはり自分に原因があったんでしょうか?自分さえしっかりして毅然としていればよかったんですね、最初から、きっと。」
アベラールは微笑んで相槌をうつ。
その夜、オスカルはアンドレとともに久しぶりに全ての重荷から開放され、楽しいひと時を過ごすことができた。
更けゆく宵にいつしか睡魔におそわれる。
心底、安心しきった顔でソファに眠るオスカル。
「おい、オスカル。起きろ。」
アンドレは暇乞いを告げようとオスカルを起こそうとした。
「ああ、アンドレ君、そのままに。今日はもう泊まっておいきなさい。君も今夜くらいはゆっくり休むべきだ。」
そんなアンドレをアベラールがとめる。
こうしてオスカルを休ませる。また、明日の戦いのために。
アンドレは素直に従った。
アンドレもオスカルと同様、初めて会うこの老紳士に全て気を許してしまえる。そんな不思議にとらわれていた。


翌早朝、二人はアベラール邸をあとにした。
「なっ?いい方だろう?アベラール先生は博識で話しもおもしろいし。アシルもよく気のつくいい子だ。」
「そうだな。」
アンドレは上機嫌なオスカルを微笑ましく見つめた。
アベラール医師は本当に魅力的な人物だったし、自分も是非またアベラール邸を訪ねたいと願った。
いつか...、そう、いつか、もしも一人でアベラール医師を訪ねることがあったなら、オスカルのことを語り合いたい。彼ならきっと自分の苦しく切ない気持ちも、全てをわかってくれるだろうと....思った。


アベラールに「またすぐ来ます。」と約束し館を後にした二人だったが、その気持ちとはうらはらに二人は再びあまりの忙しさに忙殺された。
夏は過ぎ行き、秋の風を頬に感じ、その風さえも冬の訪れのように冷たく感じられるようになったある日、オスカルはジャルジェ家で突然の訪問を受けた。
侍女の一人が遠慮がちにオスカルの部屋をノックする。
「あの、オスカルさま、なにやら平民の子供がオスカルさまを訪ねて参っておりますが...。」
「平民の子?」
「はい、十くらいの年でしょうか...。アベラール医師のところのアシルだと言えばわかって下さると申しております。あの...。」
おいかえしましょうか、とつづけるつもりだったことばはオスカルにより遮られれる。
「どこだ?!すぐに通せ。いや、私が行く!!」
オスカルはエントランス・ホールへ駆け込んだ。
裏口へ回されたアシルがホールへと案内される。
あまりに大きな屋敷におどおどしているようだったが、オスカルを見てその顔を輝かせた。
「オスカルさま!!」
「アシル!どうしたんだ一体!一人で歩いて来たのか?アベラール先生は?」
オスカルの顔を見て嬉しさに輝いたアシルの顔だったが、安心したのだろうか、次の瞬間にはみるみる曇り、涙を溢れさせた。
「アベラール先生はお亡くなりになりました。」
一瞬、オスカルは世の中が反転したのではないかと思うようなショックを受けた。
「寒くなってきてお風邪を召したのですが、こじらせてあっけなく。」
アシルはそこまで言うとえんえん声をあげて泣き出した。
「アシル...。」
オスカルはアシルを優しく抱いた。
アシルはしばらくそのまま泣いていたが、やがてしゃくりあげながらもつづきを話し始めた。
「アベラール先生はお亡くなりになる前にこれを。」
ポケットから大事そうに封筒を取り出す。
「自分に万が一のことがあったらこれを持ってオスカルさまをお訪ねするようにとおっしゃって...。」
そこまで話すとまた泣き出した。
封筒にはアベラールの筆跡でオスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ殿と宛名が書かれている。
オスカルは封を切った。

「あなたがこれを読まれている時、私はすでにこの世を去っていることでしょう。」

そんなことばから手紙は綴られていた。
手紙にはオスカルと出会えたことがどんなに幸せだったか、オスカルと過ごす一時がどんなに楽しかったかが書かれ、それに対する感謝のことばが綴られていた。
そしてアシルは勉強して自分のように医者になりたがっていること。そのため、自分の死後、屋敷を売り払いアシルの学費にしてやってほしいこと。それらの手続きをとってやってくれないか、といったことが書かれていた。
オスカルはただ黙って手紙を握り締め、アシルを抱きしめた。


ベルサイユは待降節を迎えようとしていた。
クリスマスが来ればアベラールに出会ってから1年が過ぎたことになる。
だが、もうあのようなくつろいだクリスマスを老医師と過ごすことはできないのだ。

冬晴れのする寒い日、オスカルはアシルを見送った。
「もうすぐ学校はクリスマス休暇に入るというのに...。休暇が明けてから行けばいいじゃないか。」
オスカルはもう、何度も問うたことばをもう一度口にする。
「はい、でも僕、一日も早く皆に追いつきたいんです。きっと僕の知らないお勉強、たくさんしてるでしょうから。」
アシルの返答にオスカルはあきらめたようにこくこくと頷いた。
「本当に一人で大丈夫なのか?」
「はい、オスカルさま平気です。これからは何でも一人でしなくっちゃ。」
「私がお前の後見人になっている。学院長様もそのことはご存知だから何も遠慮することはないんだよ。困ったことがあったら何でも言いなさい。手紙をよこすんだよ。いいね?」
「はい、オスカルさま。毎月お手紙を書きます。」
「それから休暇にはジャルジェ家を訪ねなさい。お前の家だと思って。いいね、遠慮なんてするんじゃないよ。」
「...はい...。」
アシルは自分の足元に目を落とした。
ジャルジェ家を訪ねるのは気が引けると思っているのだろう。
ジャルジェ家の御者の中でもとりわけ気の効く、人のいい御者にオスカルはアシルを頼んだ。「しっかり送り届けてくれ。」と告げる。
アシルは何度も何度もオスカルに礼をのべる。
馬車ががっくんと走り出す。
いつまでもいつまでも身を乗り出してアシルは手を振った。
オスカルもずっと馬車を見送っていた。


アシルも行ってしまった。
アベラール、アシル、彼らと過ごしたひとこまひとこまが暖かい思い出で溢れかえっている。
オスカルはその暖かさと言いようのない淋しさを噛みしめていた。
「お嬢様、暖かいショコラをお持ちしましたよ。一体、こんな寒い日にどちらにおいでだったんですか?」
ばあやがいそいそとオスカルの世話をやきに来る。
「さぁさ、もっと暖炉の近くへおいでなさいまし。」
オスカルのぼぅっとしてうかない顔に目がとまる。
「...どうかなさいましたか?」
オスカルは思わず一粒涙をおとした。
「お嬢様...。」
「なんでもないんだ。なんだか...、ちょっといろいろあって...。」
オスカルはばあやの胸に頭を預けた。
幼い頃からここがオスカルの安らげる場所だった。
ほっとするその暖かくやわらかい感触にオスカルは安堵した。
子供の頃のように鼻をばあやの胸に押し付けようとした時、こつんと何かが頭にあたる。
その固い感触を避けるように頭を動かす。
「あらら...、ちょっとお待ちくださいましね。」
ばあやが自分の胸元に手を差し入れ金のチェーンをひっぱり出した。
「お嬢様は昔から私に抱きつかれ、このペンダントが頭にあたって嫌がられましたね。さ、これで大丈夫でございますよ。」
ひょいとペンダントを取り出し、肩の方へとずらした。
そのペンダントにオスカルの目は釘付けになった。
琥珀を包む美しい細工がほどこされたペンダント....。
まさしくオスカルがアベラール邸のクリスマスツリーに見つけたそれだった。
「ば...ばあや...!!」
驚きのあまりことばがつづかない。
日を受けて穏やかな光を反射させる琥珀を、ただただ凝視した。

「ああ...っ!!」
オスカルが泣き崩れた。
「私は...!私はなんてばかなんだ!!」
「お...、お嬢様。ど...どうなさったのです?」
「ごめん、ばあや!ああ、私は何てことを...!ばあやだったなんて!!」
ごめんごめんと謝りながら泣きじゃくるオスカルにばあやはおろおろした。
「ごめん、ばあや...。もっと早く気がついていれば...。ごめん...。」
しばらくわけもわからずごめんを繰り返し泣きじゃくるオスカルをただ抱きとめていたばあやだったが、オスカルはようやくもう一つの琥珀のペンダントに出会った話しをぽつりぽつりと紡ぎ始めた。
始めばあやは驚きに目を見開いていたが、すぐに落ち着いた表情になり、慈しみをこめてオスカルのブロンドをなでつけた。
一時も肌身から話さない琥珀を改めて見つめ、ばあやが口を開いた。
「そうですか....。クロードが...。」
ばあやは一瞬の淋しげな瞳を払拭し、オスカルににっこり笑いかけた。
「お嬢様。お嬢様は何にもお気になさることはございませんよ。もしも、早くにクロードがパリにいることを知っても私達はお互い会うことはありませんでした。決して。」
オスカルはばあやのことばに顔をあげる。
「クロードとの恋。あれほど激しい恋は他にはないのではないかと今でも思います。身分違いを反対されましてね。爵位がないとはいえ、クロードは貴族。私は平民でございますから。」
「そんな...!」
「無理やり引き裂かれて...。
これはクロードが私に贈ってくれたペンダントでございます。
どんな時も忘れない。この琥珀に閉じ込められた永遠の時のように、私達の愛は永遠だと。」
オスカルは食い入るようにばあやを見つめる。
「クロードを失った私はそれこそ抜け殻のようで、もう、この世に生きていないも同然でございました。そんな私にそれはそれは優しくしてくれたんでございますよ、アンドレの祖父は。」
アンドレの祖父...。
オスカルははっとした。
「あの人は氷のように凍てついた私の心を根気よく春の暖かさで溶かしてくれたんでございます。クロードとのように激しい恋ではございませんでしたが、はっきりと彼を愛するようになりましてね。」
ばあやはふぅっと一つため息をついた。
「結婚する時に私はこのペンダントを捨てようとしたのです。
終わった恋とはいえ、自らの手でクロードを捨てるようで、身を切られるようにつらいことでございましたが、もう、この人について行こうと決めたのだから、クロードへの思いは断ち切らなければと考えたのです。
そうしましたらね、『そんなことをしてはいけない。そのペンダントは今までどおり君が肌身離さず持っているべきだ。』とアンドレの祖父が言うのです。自分はそんな風に一途な愛を知る君を愛していると言ってくれて...。
ああ、もう、この人に何があっても一生添い遂げようと誓いました。
クロードのことは忘れられませんとも。でも、それでもいい。そんな私を愛していると言ってくれたこの人を、私は一生裏切るまいと思いました。
何があろうともう二度とクロードには会わないと...。
お嬢様、私にはわかります。クロードも私の気持ちを知っておりました。
クロード、あの人もこのペンダントを一生大切にしてくれていた。
でも...。
私を訪ねては来なかった...。」
「でも、ばあや!アベラール先生はばあやがここにいることを知らなかったのかもしれない!私さえ、気がついて教えて差し上げれば!!」
ばあやはにっこりオスカルに微笑みかけ、首を横に振った。
オスカルははっとした。
様々なシーンがフラッシュバックする。

最初からオスカルのことをよく知っていた。オスカルの誕生日まで。
それは愛する人がお仕えしている人だから...?
初めてアンドレと会った時のあの驚きよう。
『そうか。君が...。』確かそうおっしゃった。
オスカルの付き人がマロン・グラッセの孫だと知っていたのではないか?
アベラールは知っていた。最初から全てを知って、オスカルとの出会いを特別な深い意味をもって喜んでいたのではないか?
そもそもアベラールはパリに住み、遠くからばあやをそっと見守っていたのではないだろうか...。

オスカルは黙りこくった。
そんなオスカルをばあやはただひたすら優しくみつめた。
「そんな人でございましたよ。何もかも知っていて、何もかもわかっていて、一目みた時から全てを見透かすように理解して、察してくれるような...。包み込んでくれるような、そんな人でございました。」
そんなばあやのことばにオスカルの涙はいよいよ止まらなくなる。
うん、うん、とうなずくことしかできなかった。
切なく暖かいアベラールとの思い出。
アベラールは最初からオスカルを見つめ、認めてくれた。
それは、男でもなく、女でもなく、男でもあり、女でもあり、強くもあり、弱くもあり、賢くもあり、愚かでもあり、そんな等身大のオスカルをただそのままに認め受け入れてくれた。
それはオスカル以上でもなくオスカル以下でもない、だからこそ、アベラールの前では何も虚勢をはる必要も、隠したりする必要もなかった。
オスカル、彼女自身をそのままに受け入れて、認めて、大切にしてくれた。
それが、迷い、苦しむ自分にどれだけの励みとなり力となっただろうか。
アベラールの暖かさ、愛は、素のままのオスカルを大切な存在として認めてくれた、それだったのだ、と初めて気づかされる。
その愛は今もオスカル自身の中に生きつづけているではないか。
ギルマンとのことだってそうだ。アベラールと出会い、語り合う中で、オスカルは己の弱さを認めて強くなれたのではないか。
改めてアベラールの暖かさを噛みしめる。
アベラールはばあやの内に、そして自分の内に生きつづけている。
そう思う。
確かにそう思える。
だけど...
それでも、ただ、どうしようもなく、今、アベラールに会いたかった...。


やっと、静かな心を取り戻し、オスカルが少しだけからかうようにばあやに聞いた。
「ばあや、ばあやが天国に行った時、アンドレのお祖父様とアベラール先生と、どちらのところへ行くんだ?」
ばあやは一瞬、オスカルの質問に驚く。
それから意味ありげにオスカルをみつめ、そして、ほほほと笑った。
そのこわく的な微笑に、まるで違うばあやを見るようで、オスカルはどきりとした。
「ばあや...。ばあやは若い頃、相当モテたんだね。」
驚いたオスカルは思わずそんなことばが口をつく。
ばあやはもう一度笑ってみせた。