永遠のはじまり 2



子供の成長は早い掴まり歩きがやっとだったはずなのに、今じゃ走り回って、ロザリーかあさんの手を焼かせている、遊びも腹も満足したのか、静かになったと思ったら、ぐっすり眠っていやがる。
器用なもんだ、食べながら寝るんだから、子供ってのは皆こうなのか?
それともお前が特別なのか? そうだ、特別だ、特別だよな。
なあフランソワ、お前は誇らしい名前を授かったんだぞ、いつか両親がお前に話すだろう、どんなに素晴らしい人だったのか、そして、どんなにこの世界を愛していたか、それを理解する頃には、少しでもあの人の目指した国に近づいているといいんだが。

激動の中、革命家の仮面をかぶった狡猾な奴らが政権を握り、民衆を操ってきたが、そんなもんが長く続くわけがない。一人の男によってフランス共和国は救われる、あの男こそが革命の守護者であると、俺はそうあって欲しいと願っている。

ちと、難しい話になっちまったな。そうだ! 一つだけ忠告だ、間違ってもアルマンに似るなよ。同じフランソワでも全く別人だ。
まっ、あいつもいい奴だったんだが…… おまえもきっと気に入るぞ。

アランったら、フランソワ相手に何してるのかしら?
フランソワは寝たようだけど、その寝顔をずっと眺めているのよね、もしかして自分も子供が欲しくなったとか? それならいい傾向だわ。半居候の時だって、嫌がらずにフランソワの面倒みてくれたもの、面倒見がいいのは間違えないんだけど、なんで女性に興味ないのかしら?
なんでって……聞くだけ野暮だわね。
ベルナールも、ましてや当の本人も知らないだろうけど、パリの女達の間では、アランは、無骨者だけど、情が深く熱い男だって注目の的なのよ。
『パリの女達がみるフランス軍』なんて題名の新聞があれば、一面トップは間違いないわね。それに、鍛えられた肉体ですって、ふふっ…ふふふっ……、と、すると紙面を飾る絵はアランの……、これ以上は貞淑な妻を気取っている私の口からは言えないわ。
そんな話を聞いた後だけに、どうしても確かめるようにアランを見つめてしまう。

お前のかあさんの、ロザリーだが、今日は様子が変だ。
今も妙な視線を感じる、気の回し過ぎかもしれんが、何か引っかかる、雲行きが怪しくなる前に退散するか。視線をフランソワからベルナールに移しながら立ち上がった。
「帰るのか? 」
視線が合い、俺の素振りに気づいたベルナールが尋ねた。
「ああ」俺は微かに頷いた。
「久しぶりだし、いつもだったらもっとゆっくりしていくじゃない、なんだったら泊まっていってもいいのよ」
言いながら、椅子から落ちそうになったフランソワを慌てて支え、子供の危険に素早い動きをみせた。普段のロザリーからは思いも依らぬ動きである。
危なかった。一同が同じ思いで一瞬沈黙し、フランソワの無垢な寝顔に安心した。
「もうフランソワも寝たし、騒いで起こしても悪い、そろそろ帰るよ」
かすかに椅子を引く音をさせながら、ベルナールも腰を上げ、俺に歩み寄る。
「今回はこっちに長く居るのか?」
「当分パリを離れる予定は無い」
「そりゃよかった。いつでも寄ってくれ、坊主も喜ぶ」
「言われなくてもそうするつもりだよ、じゃロザリーごちそうさん、美味しかったぜ」
ロザリーの料理は、ジャルジェ家仕込みなのか、なかなかの腕前だ。
ぐったりして、椅子に座っていられないフランソワを、絶妙なバランスで保ちながら
「どういたしまして、元気な顔が拝めてうれしかったわ」
戸口の俺たちに、声をかけた。
「そうだな、その揉み上げも拝めてうれしかったよ、気をつけて帰れよ」
揉み上げか、久しぶりに言われたな、いつの間にか俺の十八番になっちまった。
「こんなんで良かったらいつでも見せにくるよ、じゃあ、またな」
ベルナールの奥で何か言いたげなロザリーに愛想笑いをしながら家を後にした。


フランソワを寝床に運び、後片付けもひと段落した。
ロザリーは最後に、寝台で眠る息子のふっくらとした頬に口づけをし、毛布を整えると扉を少しだけ開け、部屋を後にした。
アランが帰った家の中は静まり返り、賑やかだった後だけに、少し寂しい気もする。
部屋の中央に置かれた机は、食卓からベルナールの仕事机に役目を変えている。
専用の机があるのだが、どうやら大きい方が使い勝手がいいらしい。
その隅で、どう説明したらいいものか迷いながらベルナールを見つめた。
彼は、アランからの情報をまとめる為、早速ペンを走らせている、
軍人として、経験を重ねていくアランから得るものが多く、対外戦でのフランス軍の働き、そして、その要となる司令官ナポレオンの真意を見極めようとしている。そんなベルナールの手を止めるのも悪いような気がするものの、どうしても自分の気持ちを伝えたかっ
た。

「ねえ、ベルナール」思い切って声をかけた。
「ん?」返事が返ってきたので、安心し、そのまま続けた。
「今回の遠征は長かったわ、アランは戦いの間、何を拠り所にしているのかしら?」
「戦いの最中は、どうやったら勝利を収めるかしか考えてないんじゃないか」
違うわ、違うの、大きく首を振った。
「戦闘の最中はそうでしょうけど、勝利を治め皆で祝杯をあげて、問題はその後よ、闇に身を置きながら何を想うの? もしあなただったら? 命ある事に感謝しながら、私達の事を想うでしょ」
「当然だ」
頷きながらも、簡単に受け流すと、情報整理に集中した。

ダメだわ、忙しく動く手を止めようともしない。こうなったら別方向で攻めるしかない。
「パン屋のアデイーズだけど、最近アランのことを根掘り葉掘り聞いてくるのよ」
ベルナールは顔を上げ、やっと傍で立っているロザリーに視線を向けた。
「アデイーズって、あのアデイーズかい?」
「そう、あのアデイーズよ」
言いながら、彼女の肉付きの良すぎる身体のラインを、自分の上に描いてみせた。
「なぜだ? なぜアランのことを聞いてくるんだ」
アランとアデイーズ、あまりにも不釣合いの二人に、思考も手も止まり、明らかに不機嫌な声で、ロザリーに問いかけた。肉付きが良いのは、女性としての魅了にもなるだろうが、不釣合いは、そんな些細な理由からではない。

ロザリーの作戦は大成功である。ベルナールは不満のあまりロザリーの話に引き込まれた。「私たちには、アランが身近すぎて気付かなかったけれど、彼、今や将軍なのよ」
「将軍がなんだ、階級など関係ないだろ」
やはり、そうだ、思ったとおりだ、アデイーズがアランに興味をもったのは、彼自身ではなく、肩書きだ。腹立たしい思いで、怪訝な顔をロザリーに向けた。
「確かに私たちにはね。でも世間でのアランを見る目は違ってきているのよ」
「はあ〜」大きいため息をつきながらも、自分たちと世間では、アランに対する温度差があるのは理解ができる。
「パリの地元から将軍が出たってだけでも注目を浴びるのに、一兵卒からの大出世となると、アデイーズだけじゃないわ、目敏いおかみさん達は大騒ぎよ」
アランとの出会いは、アベイ牢獄での衛兵隊救出時であった。権力に憤りを感じていた、少年アランが思い出される。将軍という名に一瞬アランが遠い存在になってしまった気がした。「アランはアランだ!」
自ら言い聞かせるように声を荒げた。
「階級で人を見るようなやつらは、一番信用ならん」
絶対王制で虐げられ、恐怖政治で押さえつけられ、強さに媚びる術を身に付けたやつらに、アランを語ってなど欲しくない。
あいつに出世欲などない、理想を求め、命がけで戦っているだけなんだ。
だいたいアランがそういう輩に目をむけるはずもなく、嫌悪感すら抱くに違いない。そう考えるとむきになった自分が恥ずかしくもなり、平常心をとりもどした。
「アデイーズなんて持ち出すから、驚いたが、アランは他の誰にも興味を持たないさ」自信をもってロザリーに告げた。
他の誰にもって……。ベルナールにはアランも生身の男だって分からないのかしら?
ロザリーはベルナールの横に静かに腰を下ろした。

「もしあなたが戦地に赴いたら、家族の為に、生きて帰ろうとするでしょ、でもアランは? もしこのまま帰って来なかったらと想像すると恐いの、悲しい想いはもうたくさんよ」
今まで傍にいた友を、愛する者を失う、何度経験しても慣れるものではない。
「家族なら俺たちがいるだろう、それに何も家族だけが生きる支えってわけでもない、回りをみてみろ、家族を失った人のなんと多いことか、それでも皆必死に生きてる」

無知と欲の声で侮辱され街灯に吊るされ、広場の刃はどれ程の夥しい血を吸ったのか、一体何の為の革命だったのか。パリの空から天使が消えた時代、刻々と変化する革命のなかで、己の信念を曲げずに生き延びてきた。
「俺たちには生き延びる強さが、そんな遺伝子が備わってるはずさ」
そう思いながらも、あいつの強さの裏にある儚さも知っている、妹を失った時、悲しみのあまり何日も隊に戻れなかったとピエールに聞いた。
「でも戦いだけじゃなく、その対極にある安らげる場所も必要よ。時には誰かに頼りたい、甘えたいはずだわ。男ってそういう生き物だわ、あなただってそうじゃない」
おい、おい、どうも話の風向きが変わってきたような気が、しないでもないが。
ロザリーの心意は分かるが、あいつは世界一のロマンチストだぞ、心の奥底には、今なお続く想いがある、その想いは最後まで貫くだろうさ。
しかし、愛する妻の潤んだ瞳に、アランが家庭を築いて、穏やかに暮らせたらという、遥かなる夢が過ぎった。
「そうだな、剣を置いてあいつが幸せに暮らせる日が早く来るといいな」
「そうね。そんな日が来るといいのだけれど」
腕に手を回し、しがみ付く様にベルナールの存在を確かめた。そして安堵しながらも、ある出来事がロザリーを不安にさせていた。
フランス衛兵が民衆側に寝返った時、笑顔で巣立っていったサン・ジュスト、戻ってくると言ったわ、帰ってくるって言ったのに。
戸口で手を振るアラン、そしてベルナールにあの黒影が重なってしまう。


それにしても、今日のロザリーは変だった、なんか観察されてる気分だったんだよな。
なんでだ? 俺何かしたか? 胸に手をあてて、行動を思い返してみたが……、まあ確か
に思い当たる節がいくつかあるにはあるが、坊主の菓子を全部食っちまった事か? 
高い高いで、放り上げた時に天井に頭をぶつけちまった事か?
「どれもたいした事じゃねえしなあ〜」
だめだ、まったく、さっぱり、分からねえ。
気の回し過ぎだな、きっとそうだ、そうに違いない、少し気分が晴れ、勢いよく歩き出したたところで何か冷たいものが頬にあたった。

昼間の予感通り、雨が降ってきた、霧に包まれた裏通り、ほのかに浮かび上がる街灯が、故郷に戻った安心感をアランに与えていく。ちょうど一軒の飲み屋が目に留まった。
「雨宿りも兼ねて入ってみるか」
家に待つもののいない身としては、こういう気軽さがいい、まあ孤独も慣れれば……。
「自分に強がってもしょうがねえなあ」
店の扉を押し開けた。
中は思いのほか狭くカウンターがあるだけだ10人いや5人も入れば、いっぱいになってしまうだろう、小さいながらも木の温もりを感じさせる、落ち着いた店だ。
客は誰もいない、カウンターの一番奥に座った。
店のおやじが何にするのか目で合図を送ってきた、白髪交じりの人懐っこそうな顔、しか
しその顔には深く刻まれた皺がいくつも見て取れる、こんなご時勢どんな歴史が隠れているんだろうか?
それに、このおやじの雰囲気が、なんとなくだが懐かしい。
「ブランデー」いつもなら、ぶどう酒なのだが強い酒が飲みたかった。
目の前に、俺にとっては贅沢な飲み物が置かれた。
「雨が降ってきましたか? 軍人さん」
えっつ? 今の俺は軍服じゃないぞ、思わず自分の着ているのもを見た、やはり違う。
「ああ、本格的に降り出してきたぜ、それより、軍人だとなぜわかった? そんな匂いでもするのか?」
腕の匂いをかいでみたが、そもそも軍人の匂いとはどんなものなのだろう。
「わかりますよ、まず、背筋が一般人とは違います、身のこなしと言うのですかねぇ、どこか動きが違いますから」
「ほー、大したもんだな、そんなちょっとした事で分かるのかねえ」
自分では意識しないが、軍人の動きねえ、そう言われてみれば確かに、あの人の動作はいつ見ても気持ちのいいものだった、背筋をピンと伸ばし、いくらか大またの素早い足取り
でしっかりと前を見据えて歩いてた、そして髪が風に吹かれて……いかん、いかん、今日はどうしてもあの人につながってしまう。
「ナポレオンが遠征から戻ってきましたから、軍人さんが来るかな、と鎌をかけてみたんですよ」
「なんだ、そうか、そうだのかあ」
よく考えれば、たったの数歩でわかる方が変だ。
「すいません、まさか本当に軍人さんだったので、少し焦ってしまいまして」
すまなそうな様子のおやじに
「その割には、上手い理由だったよ、まんまと騙されたってわけだな」
「あまりにも、素直に騙されている軍人さんに、私こそビックリしてしまいましたよ」
「なんだよ、そりゃあ、じゃあお互い様って事になりゃしねえか」
「そうなりますね」
思わず、二人で顔を見合わせ笑ってしまった。
「外の雨が止むまで、ゆっくりしてください、でも待ってるいい人がいる身では、そうもいきませんかな?」
「その点は心配ない、誰も待ってやしないさ」
「おやおや、勿体ない話ですよ、こんないい男がひとりもんとはね」
「いい男? 俺がかぁ〜、こっちの方がびっくりするじゃねーか」
思わず、大きなひっくり返った声が出ちまった。
「これは失礼、でも今度は感じたままを正直に言ったまでですがね」
「いい男っていうのは、俺じゃない、アンドレだ」
「アンドレ?」
「いや、なんでもない」
無意識に、あいつの名前が口から飛び出しやがった、なんてこった。
「それでは、心置きなく、ゆっくりしてください。他にお客もいないのでね」
ちらっと店を見回して、気遣う配慮に心が和み、聞き流してくれた事にもほっとした。
「ああ、そうさせて貰うよ」


静かだ……静かにひとり酒を飲む夜、他に客がいないというのも珍しい。このおやじの店ならもっと繁盛していてもよさそうなもんだが。
なんとなく居心地がいいのは、最初に感じ取った、父親といるような空気だ。
年の頃もちょうど同じだろうし、生きていたらきっとこの店のおやじみたいに、皺を刻みながら優しい笑みで、俺の話を聞いてくれただろう。
そんな懐かしい空気の中、まるでここだけ俗世間から切り離された別次元の空間のようだ。
あの扉を開けると別の次元へ行けるんじゃないのか? そんな気にもなってくる。
そしたらどこに行く? 憧れの騎士道の時代か? ドラゴン退治も悪くねえなあ〜。
ジャンヌ・ダルクを助けてもやりてーし。
いや、そんなんじゃねえ。急に胸が苦しくなった!
助けたい人は……、行きたい場所は……、あの人の面影が俺をやさしく包んだ。
堪らなくなり残りのアルコールを一気に流し込む、さすがに喉が熱い。
今日は何杯飲んでも、酔えそうにない感じだ。


あの日から、俺はあのおやじの店が気に入り毎日のように足を運んでいる、今日で何度目だろうか? 何度も通い、さすがに俺も気になり始めた。やはり今もそうだ。
「一つ聞いていいか?」
カウンター越しのおやじが、洗いかけの皿から目を放し、顔をあげた。
「なんでしょう?」
「どうして、いつも客は俺一人なんだ? 」
人の商売にとやかく言うつもりは無い、商売には素人だし、とかなんとか言いようがあるだろうが、回りくどい物言いが出来ず、直球で聞いちまった。
「なんで? でしょうね?」
俺の無礼な質問に、別段気分を害した様子もなく、さらりと受け止めてくれた。
「誰も来ないような店に、アランは来てくれる、それはなぜですか?」
逆に問われて、アランはとまどった、それ以上に父親似の声でアランと呼ばれた方に意識が向いてしまった。
数日前、お互いの名前を教えあっていた。名前を呼ばれると一層父親への面差しが重なる。
餓鬼じゃあるまいし、そんな理由は言えるかと、つまらない意地を張った。
そんな自分勝手な気持ちから。
「誰も来ないから、来てやってんじゃねえか、それに、この店の良さは俺にしか分からん」
子供の強がりと、素直なアランのごちゃまぜの返答をしてしまった。
「だいたい、俺が聞いてるんだぜ、答えになってない」
どうにかごまかしたつもりだが、時すでに遅く、おやじこと、ロワールは笑いを堪えながら「はい。はい。そうでしたね。なぜ客がいつもアランだけか? ですね」
「そうだ」
不貞腐れた表情が、10代の少年を彷彿とさせて、どうにも笑いがとまらないロワールは同時に、アランの本質を又一つ、垣間見た。当初は、軍人特有の物腰で、自己の感情を抑えていたのだろうが、二人で過ごす時間が増す度に、肩の力が抜けていく様が、たまらなくうれしいのである。
「そんなに笑うなよ、この店にはきっと魔物が住んでるな」
気を取り直し、軍服の襟を正しながら、大人表情でつぶやいた。
「魔物ですか?」
急な展開に頭をひねりながら訊ねた。
「ああ、俺を餓鬼に戻しちまう、魔物がさ」
「それなら、いっそ、ここでは魔物に取憑かれ、餓鬼に戻ったらどうです」
二人身を乗り出し、声を出して笑いあった。
「それも悪くないが、あの頃の俺ときたら、絶望と怒りしかなかったからな」
その怒りを受け止めてくれた人が居たからこそ、今がある。
遠く、思い出を懐かしむように、何杯目かの杯に手をかけた。

結局俺の質問は宙に浮いちまった。そりゃそうだよな、知ってたら客がわんさか来てるだろ。
俺専属の飲み屋って考えたら、贅沢な気分だ。
でも、潰れちまったら、元も子もないな、そうだ! 俺が客を連れてくればいいのか、今度ベルナールでも誘ってみるか。
でもな、誰にも教えたくない、俺の隠れ家って気持ちもあるし……。
ロワールは、コロコロ変わるアランの表情を眺めながら、父親の愛情に似た感覚に包まれていた。

彼には息子がいた、妻と娘もいたが、しかし、恐怖政治の犠牲になってしまった。
共和国を心底望んだ結果、失意の底に落とされたのである。
彼は、守れなかった自分を悔やみ、恥、その恨みは、非情なまでに民衆を統率しようとする政府に向けられたが、その政府とて滅びの道を辿った。
発散する場を失い、懊悩に支配され続けたが、そこから抜け出せないのであれば、いっその事、革命がもたらしたフランスの変動を、革命の辿る道を見届けることに、救いを求めたのである。

突然、馬でもぶつかったような振動が店に起こった。
「なんだ?」
店の外が騒がしい、男が数人で喧嘩を始めた様だ、静かな店内に外の怒号が響き渡る。
  「小僧のくせに生意気なんだよ!」
えっ? 相手は子供なのか? ロワールにもその声が響いたらしく、顔色が変わった。
カウンター越しの二人の思考は同じであった、原因はどうあれ、子供相手に大人が、本気で殴ったら、死んじまうかもしれん。
弱いものを労わる気質のアランが、黙って座っていられるはずもなく、気づいた時には、
表に飛び出していた。

つづく