真白き思い出


「お兄ちゃん、これあげる」
「あげるって、お前…。これはお前が教会のお手伝いをしたご褒美にもらったハンカチじゃないか。
そんな大事なものを、何言ってるんだ」
「いいの。だって、今日はお兄ちゃんの誕生日だもん。お兄ちゃん、私がいじめられるといっつも怒ってくれるし。
私、お兄ちゃんのこと大好きなんだもん。だから、これ…」
「…」
「…うれしくないの?お兄ちゃん…」
「ば、ばか!うれしくないわけないだろ!」
「よかった。お兄ちゃん、だーい好き!!」
「よせやい、全く」
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん………」

「………兄さん、兄さんたら、何ぼんやりしてるの?」
「ん?…ああ、ちょっと夢を見てたみたいだな」
「やあねえ、もう。…あら、兄さん、それって?」
「ああ、これか」
「まだ持ってるの、そんなの」
「そんなのってお前…。俺にとっちゃあ、大事なものなんだぜ」
「フフフ。そういってもらえるとあげた甲斐があるわ。ありがとう、大事にしてくれて」
「何だよ、改まって。気持ち悪いな」
「いいじゃない、こんな風に兄さんと話せるのだってあと少しなんだし」
「…そうだ…な…」
「あら、そっちはなあに?」
「…! 見るんじゃねえ!」
「随分高そうなハンカチじゃないの!それに、なあに、そのシミは?まるで血のあとみたいだけど」
「うるせえ!見るなって言ってんだろ!」
「もしかして、それって新しい隊長さんの?」
「!!…な、なんでお前それを…」
「この間面会に行ったとき兄さんの班の人から聞いたわ。兄さんが新しい隊長さんとまたやり合ったって」
「あいつら…」
「一体どんな人なの、今度の隊長さんは?」
「そうさな…みた感じはえらく線の細い奴だが、芯はかなり太い奴だな。わざわざ荒くれ揃いの俺達の隊に
来るぐらいだしな。
オスカルって名前なんだが、ヘブライ語で『神と剣』って意味なんだが、あいつを見てるといかにもって気がするぜ。
それに…」
「…兄さん、今度は気に入ったみたいね、その新しい隊長さん」
「ば、馬鹿! な、何言ってやがる!」
「だって、兄さんがそんな風に隊長さんの話をするの初めて聞いたわ。いつも文句ばっかりだったし。
それに、そのハンカチを大事にとっといているのがその証拠じゃない」
「そ、そんなことねえよ」
「兄さんのことだから、本人の前では認めない振りしていじめてんじゃないの?まったく、昔っから兄さんは…」
「ち、違うっていってんだろ!」
「はいはい、わかりました。さ、兄さん、早く降りてきて。
この家で迎える最後の兄さんの誕生日だから頑張ってご馳走つくったのよ!」
「とかいって、来年別れて帰ってきてたらどうすんだよ?」
「ひっどーい、兄さんたら!あの人はそんな人じゃないわ!!」
「冗談だよ、冗談」
「もう、兄さんのバカ、知らない………」

…あれから1年。今日は俺の誕生日か…。

そして今、俺の手元には3枚の白いハンカチがある。
あいつから貰った、もうだいぶくたびれて黄ばんでしまったハンカチ。
あの人が俺の手に巻いてくれた、柔らかい絹の俺の血のシミの付いたハンカチ。
そして…あいつの幸せの涙を拭くはずだった、使われなかった真っ白なハンカチが…。