筒井筒


「アンドレ、アンドレ、どこにいるの?」
今日もまたオスカルの声が響き渡る。
アンドレがジャルジェ家に引き取られたこの春から、毎日のことである。
「アンドレ、アンドレ!」
ちょうどそこにマロン・グラッセが通りかかった。
「ばあや、アンドレはどこにいるか知らない?」
「アンドレですか?アンドレなら今朝は馬小屋の手伝いに…」
聞いた途端、既にオスカルは走り出していた。
「オスカルお嬢様、どこへいらっしゃるのです?ご用があるならアンドレを…
お嬢様!馬小屋なんてお嬢様が行くところでは…お嬢様!オスカルお嬢様!!」

「ねえジャン、子馬いつ頃生まれるかなあ?」
その頃アンドレは馬小屋で厩番のジャンの手伝いをしていた。アンドレは馬小屋での仕事が
とても好きで、暇があればしょっちゅう馬小屋にいた。
動物が好きなのはもちろん、物知りのジャンにいろいろと教わるのをとても楽しみにしているのである。
「そうだなあ、あと2,3日ってとこかな」
「じゃあ、ノエルの頃かな?」
「そうかもしれないな」
その時、屋敷の方からアンドレを呼ぶ声が聞こえてきた。
「アンドレ、ほらオスカル様が探しているみたいだぞ」
「あ、ホントだ」
「ノエルといえばアンドレ、例のヤツはどうなったんだ?」
「うん、ジャンのおかげで何とか間に合いそう」
「そうか、そいつはよかった」
そこに息を切らせてオスカルが入ってきた。
「アンドレ、ここにいたのか」
「オスカル、どうしたの?何か用があるなら僕が行くのに…」
「別に用はないけど…お前の姿が見えないとつまんないんだもん」
オスカルはちょっと怒ったように言った。これも春以来いつものことである。
「わかったよオスカル。とりあえずお屋敷に戻ろう」
「うん。…あ、そうだジャン、子馬いつ生まれそう?」
「そうですね、ノエルくらいには生まれるかと思いますが」
「わかった。ジャン、生まれそうになったら絶対に教えてね。僕、凄く楽しみなんだから。
さあ、行こう、アンドレ!」
そうして、二人は手を繋ぎ馬小屋を出ていった。
そんな二人をジャンは微笑ましそうに見つめていた。

そしてノエルの日。
ジャルジェ家は朝から大忙しである。ノエルであることはもちろん、この日は大切な跡取りである
オスカルの誕生日でもあるのだ。
大広間ではオスカルの誕生日を祝って盛大にパーティが行われていた。
続々と届けられる数々のお祝いの品々。
給仕の手伝いをしながら、アンドレはそれらを寂しい思いで見つめていた。
『そうだよな、オスカルはこのジャルジェ家の跡取りだもの、あれくらい立派な物が届いて当然なんだ…
それにくらべ僕のなんて…』
がっくりと肩を落としながら歩くアンドレにマロン・グラッセが声をかけた。
「アンドレ!この忙しいのに何をぼんやりあるいてるんだい、全く…。ああ、そうだ、ジャンがお前のことを
捜してたよ」
「ジャンが?」
「ああ、何だかひどく急いでいたみたいだったけど…」
「ありがとう、おばあちゃん!…あっ、いけない、オスカルにも知らせないと…」
慌ててアンドレは大広間に戻った。しかし、オスカルに声をかけるのはためらわれた。なんと言っても今日の
主役はオスカルである。
どうしようかと悩んでソワソワしているアンドレに、オスカルが気づいて声をかけた。
「アンドレ、どうかしたの?」
「あ…オスカル…実は…」
「何だよ、何かあったの?」
「うん…」
「もう!じれったいなあ!どうしたんだってば!」
「…あのね、ジャンが、急いで来てくれって…」
「! 何で早く言わないんだよ!もう!!」
そういうなり、オスカルはアンドレを引っ張って走り出していた。
「おい、オスカル、どこへ行くんだ?」
オスカルの行動に驚いた父であるジャルジェ将軍が声をかけた。
「父上、もうすぐ子馬が生まれるので見てきます!」
そう答えたオスカルは既に大広間から飛び出していた。
「子馬って、オスカル!今日の主役はお前なんだぞ、おい、オスカル!」
「…どうやら我が家の跡取り息子は自分のことより馬の方が大切みたいね」
横にいた夫人が微笑みながら話しかけてきた。
「お前…」
「よいではありませんか。馬が好きだなんてとても【息子】らしくって」
「…それは嫌みか…?」
「とんでもありませんわ。第一、動物を可愛がるのはとても良いことだと思いません?」
「まあ、それはそうだが…」
「あの様子だと、子馬が生まれてもここには戻っては来ないわね。
ばあや、ここのお料理を二人分見繕って、あの子のお部屋に持っていっておいてちょうだい」
マロン・グラッセは驚いたが、ジャルジェ夫人の気持ちをくみ取り、深々と頭を下げて準備をし始めた。
「どういう事だ、それは?」
事情の飲み込めないジャルジェ将軍が問いかけた。
「あの二人にとっての誕生日の過ごし方なんですよ」
そういってジャルジェ夫人はアンドレの誕生日の出来事を話して聞かせた。
「何だって?子供とはいえオスカルは女の子だぞ。それを…」
「あらあら、オスカルは【大切な跡取り息子】だし、アンドレはあの子にとって【大切なお友達】じゃありませんか。
違いますか?」
「…今度こそ嫌みか…」
「いいえ。男だとか女だとかはそのうち嫌でも自覚する時が来ますわ。
それよりも、今はあの幼い二人の時間を大切にしてあげたいだけですわ」
「…お前には負けたわ…」

馬小屋では、今まさに子馬が生まれようとしていて、ジャンが一所懸命母馬の腹をさすっていた。
「ジャン!子馬はどうなった?」
そこへオスカルとアンドレが駆け込んできた。
「もう一息って所です。そら、頑張れっ!」
母馬は苦しそうに息をしている。
「頑張れ、頑張れ!」
オスカルとアンドレも、お互いの手をぎゅっと握りしめて母馬を励ました。
やがて、子馬の頭が見えたかと思うと、ゆっくりと全身が母馬から生まれ出た。
「生まれた!」
二人は飛び上がって喜び合った。しかし、子馬は横になったままである。
心配になったオスカルがジャンに尋ねた。
「ジャン、子馬、どうなっちゃったの?」
「心配しなくても大丈夫ですよ、オスカル様。これから、自分の力でちゃんと立ち上がりますから」
「生まれたばかりで、自分で立つの?」
「ああ、オスカル様は初めてでしたね。もしかしてアンドレも初めて見るのかい?」
「うん、僕も初めて見るんだ」
「そうか…。馬っていうのは、生まれてからすぐに親の力を借りずに自分の力で立ち上がるんですよ」
やがて子馬は少しずつ、少しずつ動きだし、フラフラしながらも立ち上がろうとし始めた。
そのたび二人は「頑張れ!」「危ない!」「もう少しだ!」と叫びながら子馬を励ました。
そして、長い時間をかけてようやく子馬が立ち上がったとき、二人は泣きながら抱き合った。
「何だよ、アンドレ、相変わらず泣き虫だなあ」
「何言ってるんだよ、オスカルだって泣いてるじゃないか」
「…だって、立ち上がったのを見たら胸がいっぱいになっちゃって…」
「うん、僕もやっと立ち上がったのを見たら嬉しくて…」
そういって泣き笑いの顔で見つめ合う二人にジャンが優しく言った。
「オスカル様、アンドレ、どうかその今の感動を忘れないでいてくださいね」
「うん、忘れないよ、絶対!ジャン、どうもありがとう!」
二人は声を揃えてジャンに笑顔でそう言った。
「ところでオスカル様、広間でのお祝いの方は…?」
「いいんだ。だって誕生日なんてまた来年もあるけど、子馬が生まれるのなんて今日を逃したらいつ見れるか
分からないじゃないか!
 ジャン、また明日子馬見に来るね。さあ、アンドレ、僕の部屋に行こう」
「え、広間に戻らなくていいの?」
「いいんだよ。今日は僕の誕生日だもん、夜通しアンドレと過ごすんだよ。それに、きっと母上が準備してくれてるよ」
「…うん、わかった。でもオスカル、ちょっと用があるから先に行っててくれる?」
「わかった。だけど、すぐ来てね、待ってるから!」
そう言ってオスカルは屋敷の方に戻っていった。

「どうしたんだ、アンドレ。間に合わなかったのか?」
寂しそうにオスカルを見送るアンドレにジャンが話しかけた。
「ううん、出来たよ。出来たんだけど…」
「出来たならいいじゃないか」
「だけど、こんなプレゼント喜んでくれるかなって。だって、さっき広間に届けられたプレゼント、どれもすごく高そうな
物ばっかりで…」
「アンドレ、プレゼントで一番大切なのは気持ちだと思うぞ。それに、オスカル様はそういうの、きちんと分かってる人だと思う。
でなけりゃ、お前の誕生日の時にあんなプレゼントをくれないだろう。オスカル様の立場ならもっと高級な物をお前にあげる
ことはできたんだ。
それなのに、ああいったプレゼントをしてくれたって事はオスカル様も何が一番大切なのか気が付いてるはずだと思うが」
「うん、そうだね、ジャン。オスカルはそういうヤツだよね。それに、あげないままじゃせっかく教えてくれたジャンにも悪いよね」
「ああ、そうだ」
そう言ってジャンはくしゃくしゃとアンドレの頭を撫でた。
「ほら、早く行かないとオスカル様がお待ちかねだぞ!」
「ありがとう、ジャン!明日オスカルと子馬見に来るね。お休み!」
そう言って走り去るアンドレに向かってジャンはそっとつぶやいた。
「あの二人を見てると、身分とか、男とか女とか関係ない気がするなあ。心を許しあった幼友達か…何だか、羨ましいぜ…」

アンドレは急いでオスカルの部屋へ向かった。
「…オスカル、遅くなってごめんね」
「もう、アンドレ、待ちくたびれたよ」
「本当、ごめん」
「…いいよ、もう。それだけ急いで走ってきてくれたから。それより二人でパーティやり直そうよ。ほら、母上がちゃんと
用意してくれたから」
「うん。あ、ちょっと待ってオスカル。その前に…」
そう言ってアンドレはポケットから小さな木彫りの馬を取りだした。
「これ…誕生日おめでとう、オスカル。ジャンに教わって僕が彫ったんだ。ちょっと不格好なんだけど…」
「ありがとう、アンドレ!」
そう言ってオスカルはうれしさの余りアンドレに抱きついた。
「ちょ、ちょっとオスカル…」
「僕のために作ってくれたの?ありがとう、大切にするよ」
「オスカル…僕の方こそ、ありがとう」
アンドレの言葉にきょとんとしてオスカルが尋ねた。
「何でアンドレがお礼を言うの?」
「ホント言うと、あげるのどうしようかと思ったんだ。だって、あんなにたくさん豪華な贈り物が届いてたし…」
「何言ってるんだよ。どんな物でも、大好きなアンドレが僕のためにくれるのならそれが一番なんだから」
「うん。ジャンも【オスカル様ならわかるはずだ】って言ってた。だから、そんなに喜んでくれてどうもありがとうって
言いたかったんだ」
「もう、アンドレはいろいろ考えすぎ!僕にとってはアンドレが一番大切な友達。それでいいじゃないか」
「そうだね、僕もオスカルが一番大好きな友達だよ」
「さあ、食べよう!もうお腹ぺっこぺこだよ。アンドレ、今日は絶対寝ないでいようね」
「わかった!朝一番で子馬を見に行くんでしょ?」
「当たり!それでさあ……」

こうして、ノエルの日は更けていった…。