こまりものU
「おばあちゃん、みんなどうしたの?」
使いから帰ってきたアンドレが、祖母に聞いた。
普段は穏やかなジャルジェ家の使用人たちが慌しく歩いていく。
「ああ、アンドレ、お帰り。いいところで帰って来た。オスカルさまを
探しているんだよ。どちらにいかれたのかね。仕立て屋が待っているというのに」
アンドレは、一口水を飲むと、祖母に言った。
「オスカルがいない?確か今日は・・・」
「そうなんだよ。今日は大切な、コルセットの計測日さ。」
「オスカル嫌がっていたからね」
祖母は、アンドレを戒める。
「オスカルさまだよ。それにオスカルさまにとっては、避けて通れない日だからね。
さあさ、お前も、言って探しておくれ。」
オーストリアとの和平工作が進み、オーストリアとの政略結婚の話も持ち上がってきたなか、将来の花嫁付き近衛仕官として、オスカルの士官学校年少での特別入学が決まり、
ジャルジェ家では支度におわれていた。オスカルの体の成長のことも考え。
コルセットを作ることになっていた。
オスカルは、非常に反対していた。女らしいことには、何時も抵抗していた。
「さあさアンドレ、頼んだよ」
祖母は、慌しく調理室を出て行った。
「オスカルも災難だな。女の子に生まれた為に。」
アンドレは、溜め息をつきながら。使用人たちと探し始めた、
「オスカルさま、オスカルさま」
屋敷中の使用人が、オスカルの名を呼びながら、探し回っていた。
アンドレも、一通り屋敷の中を探したが見つからなかった。
庭番や、厩務員たちは、外を探し回っていた。
アンドレは、どこを見るとなく外を見た。
ジャルジェ家の見事な庭園の向こうに、森が広がっていた。
アンドレはそれを見て、啓示を受けたように、ひとつの思いが浮かんできた。
「オスカルはあの森にいる」
一言つぶやくと、アンドレは、森目指してかけていった。
森の入り口でアンドレがオスカルの名を、何度か呼んだが。応えはなかった。
ずんずんとまっすぐに進み、森の奥に入っていった。
そこに一本の大樹があった。
これは、オスカルとよく登った木だった。
「オスカル、オスカル。そこにいるんだろ」
アンドレは、大樹に目を凝らした。
「オスカル、かくれんぼはもう終わりだ。早く出てこないと、出て来辛くなるよ。」
ガサガサという音とともに、オスカルからの答えがあった。
「アンドレ、ここが判ったな。」
オスカルが木の間から、顔を出し。スルスルと降り始めた。
「さあ、早く行こう。みんなが探している」
「あんなことは、女のすることだ。私は納得が行かない」
オスカルは、いろいろと反対を言い募る。アンドレは、困り顔になりながら返答していた。
そのうちにオスカルは、殴り合いで決着をつけようと言った。
仕方なく、アンドレはオスカルと向き合った。
「やあ、アンドレ。掛かって来い」
アンドレは、オスカルが殴りかかってくるのを避けていた。
「アンドレ、本気を出せ。」
アンドレは、身軽なオスカルに掛かっていった。
結果はあっけなくついた。
「アンドレ、お前、今まで手加減をしていたのか。」
オスカルが、むきになって怒る。
そう、しばらく前から、アンドレはオスカルとの殴り合いは、加減をしていた。
力も違いが出来てきたし、子供の頃から喧嘩に慣れているアンドレは、
オスカルは、最初は手ごわかったが、今では、御しやすい相手だった。
「ごめん、オスカル。」
「これが、女の子と、男の子の違いなんだよ。理解してくれないかな。」
オスカルは、ぶつぶつと言いながら。アンドレをなじった。
「ごめん、オスカル。」
アンドレは、謝るしかなかった。
「仕方がない。アンドレに負けたのだ。私は行く。その代わり今は悔しいから
あとはついてくるな。」
オスカルは、駆けて行ってしまった。
「ごめん、オスカル」
オスカルの後姿を、アンドレは見送っていた。
次の日、アンドレは、剣の稽古でオスカルにこてんぱんにやられた。
「さすが、オスカルには適わないよ」
アンドレがそういってオスカルに謝ると、オスカルは特上の微笑みで返した。
アンドレは、複雑な気分だった。これからもオスカルとの、男女の差を考える時が来るだろう。自分の初恋の君は士官学校という社会に入って行き、これからもいろいろな面で辛いことがあるだろう。そんな時、自分は、彼女を守っていけるか、彼女を支えていけるか、自分をもっと磨かねばと心ひそかに誓った。
fin
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