「オスカル様の部下」




「お待たせいたしました」
「あ、はい…」
「オスカル様はすぐこちらに降りて来られます。お待ちくださいとのことです」
「はい、あ、あのう…」
「何でございましょう?」
「あのう、隊長は」
「オスカル様が何か」
「もうお休みじゃなかったですか。突然お邪魔したので申し訳ないな、と思って」
「それは…」
「この書類をお渡ししていただければいいんです。俺、いえ、私も帰る途中に立ち寄っただけですから」
「でもオスカル様はアラン様のお名前をお聞きになって、客間でお待ちいただくようにとおっしゃいましたので」
「そうなんですか?!」
「はい」
「で、でも、書類に目を通してもらうのは明日の朝でも大丈夫なんです。隊長がサインしたものを朝一番で、あの上官、いやブイエ将軍に届けていただければ間に合いますから」
「はあ…」
「そうお伝えしてもらえれば。わざわざ降りて来てもらうの悪いです」
「でも…わかりましたわ、少しだけお待ちくださいます?もう一度お聞きして参りますから!ちょっとお待ちいただけますか」
「でも」
「私では判断いたしかねますので、もう少し!」
「…やっぱ、悪いです」
「じゃ、こうしましょう、アンドレに聞いて参りますわ!」
「…アンドレにですか」
「彼から明日の朝オスカル様に間違いなくこの書類にサインをいただいて、将軍様にお届けしていただくよう、伝言してもらうというのでは?」
「…どっちでもいいです」
「…あ。やっぱりアンドレではやっぱりダメでございますよね、申し訳ございません、こういうお仕事の類はよくわからなくて」
「い、いえ、気にしないでください」
「アンドレはオスカル様にショコラをお持ちになっているはずですから、呼んで参りますわ」
「アンドレが…ショコラですか…」
「お休み前のご習慣ですので」
「お休み前の習慣…」
「あ、あの、よろしゅうございます?すぐ呼んで参りますから、本当に待っていてくださいませね!」
「…わかりました」

「アンドレ、アンドレは…あら!」
「コゼット、アランが来てるって?」
「オスカル様は着替えていらっしゃる?」
「うん。薄っぺらい上着ひっかけただけで出て来ようとしたから注意した」
「注意…」
「こんな時間に薄物一枚で出てきたらアランの目の毒だろ?」
「アランさんの目の毒…そうね、そういう言い方もあるか」
「その…隊長の威厳は大事だし」
「ふーん」
「あ、あの、お使いはアランだけ?」
「ええそうよ」
「じゃ、グラスは一個でいいな」
「グラスぅ?こんな時間からあんたたち飲むつもり?」
「俺?俺じゃない、オスカルだよ。滅多にない機会だからアランと酌み交わすんだってさ!家に帰る途中にわざわざ立ち寄らせてしまって悪いからって」
「…いいの?」
「…いいんじゃない?」
「嬉しいでしょうねえ、アランさん」
「…だろうね」
「面白くなさそうねえ」
「べ〜つに」
「そう?じゃ、何かおつまみでも用意しなくちゃね」
「…そうだね…」
「…やめておきましょうか」
「いや、用意してくれたほうがいい。ついでにお願いがある」
「何、アンドレ?」
「アランのために寝室を用意してくれると助かります」
「…いいの?」
「…しかたないだろ」
「そうね…今から飲んだら午前様確実よね…」
「コゼット」
「怒らないでよ、アンドレ。私が悪いの?」
「そんなことないよ!ありがとう、コゼット」

「お待たせしました、アラン様」
「あ、はい」
「オスカル様、やっぱり降りて来ますって」
「本当ですか?!」
「はい。それで、今アンドレがアラン様の馬を厩に連れて行っております」
「馬ぁ?どうしてまた、アンドレの奴」
「答えはオスカル様にお聞きになられるとよろしいわ」
「あ、あのアンドレは隊長と一緒じゃ…」
「いえ、厩の方に。オスカル様はワインを探しておられますので、ちょっと手間取っておられますのよ」
「ワイン?!あのう、それって…」
「とにかくお待ちくださいまし。あ、よろしければ上着をお預かりいたしますわ」
「へ?!」
「失礼いたします」
「あ、あの侍女殿!」
「何でございましょう」
「ほ、本当にあの、書類を渡していただけるだけでいいんです、やっぱ、悪いです。こんな遅い時間だし…あ、隊長!」

「アラン、待たせてすまなかったな。コゼット、悪いけれど何かつまみになるものをお願いしていいかな」
「畏まりました。アラン様のご寝室は次の間にご用意させていただきますが、よろしゅうございます
か、オスカル様?」
「寝室ぅ?!」
「さすがコゼット、よく気がつくな。頼むよ!」
「た、隊長、俺失礼します!そんな、悪いです」
「いいじゃないか、たまには。勤務は終わったんだろう?たまには上官と部下水入らずで上手い酒を酌み交わすのもいいものだぞ。ん?」
「…そ、そんなこと言ったって」
「私が相手では不足とでも?」
「な訳ないですけど」
「じゃあ、いいじゃないか」
「た、隊長あのう…」
「まだ何か不服があるのか、アラン」
「あのう、アンドレは」
「厩に行ってるぞ。おまえが来たと聞いてびっくりしてた」
「…そりゃそうでしょう」
「ワイン見繕ってきたけどこれでいいか?」
「じゅ、十分です。勿体ないです」
「はっは…本当ならブランデーも一緒に用意したいところなんだが…」
「いえ」
「アンドレからブランデー禁止令が出た」
「え」
「ワインだけにしておけとさ。私とおまえ、底なしが2人そろったらどうなるかわかっているだろ?明日も早いんだろ?とすごまれてな」
「…そうですか」
「でもな、アラン」
「何です?」
「これもいいワインなんだ。実はな、おまえが生まれた年のものがちょうどワイン倉にあったんだ。
生まれ年の極上ワインを嗜むっていうのも面白いのではないか?」
「!」
「…やっぱりブランデーも用意しようか、アラン?」
「…隊長」
「今なら間に合うぞ?うちの厩はぐるっと大回りしなくてはならないんだ、アンドレが戻ってくるまでまだ数分かかる。なんなら、急いで戻って…」
「と、とんでもないです!隊長、俺…」
「何だ」
「嬉しいです」
「そ、そうか」
「ありがたく、頂戴いたします!」

侍女コゼットはつまみになりそうなものを探しに厨房に下がっていた。
「こんなものでいいかしらね…」
簡単なつまみをトレイに置き、ふと窓から外を覗く。
アランの馬に梃子摺ってでもいるのか、アンドレはまだ戻って来ないようである。
「アンドレもつらいところだけど…ま、今日のところは健気な同僚のため、我慢しなさい。いつも独占しているんだから」

やっぱりアランの馬はアンドレを梃子摺らせているのだろうか。
客間の方からオスカルの陽気な話声が漏れてきたかと思うと、アランの大きな笑い声がそれに続いた。
「よかったわねえ、アランさん」
黒髪の同僚にほんの少し懺悔の念を感じながらも、コゼットはつまみをのせたトレイを持って急ぐのであった。