1799年 ノエルの朝



ジャルジェ様ゆかりのお墓はね、この先の丘のてっぺんにあるよ。
丘って言ってもゆるやかなのぼり坂だから大丈夫。
気をつけてお行き。

あ、そうそう奥さん。
あのお墓にはいつもお花が置いてあるんだ。
ノエルの朝には必ずね。どなたかが捧げるんだ。毎年毎年。
いつも白い花さ。冬のさなかに用意するなんざ、あたしたち庶民にはできっこないからね、
おおかたジャルジェさまゆかりの貴族さまなんだろうね。

え?どんなお方だって?
それはまあ、奥さん…あたしは遠目にしか見たことがないんだ。
なぜって…その人はね、いつも人目を憚るようにそっとこの村にやってきて、まっすぐにあのお墓を目指すんだ。
白い花束を大事そうに両手で持ってね。あれは元軍人さんだろうよ。足の運びかたといい、姿勢の良さといい、お顔の整ったことと言ったら!

あらやだ。あたしったら男前に目がないって思われるね。
ま、そりゃそうだけどさ…

でもね、お気の毒にその軍人さんは夜明け前にやってきてお日さまが昇る前には誰にも姿を見られないように帰って行かれるんだ。
一度も、あの丘で朝日を拝んだことはないんだよ…

今年もあの軍人さんは来ているはずさ。
だって革命が終わったんだもの!
貴族さまが貴族さまのお墓に会いに来てももう誰も何もいいっこないさ。
あの墓碑にも、今年から堂々とお名前を刻むことができる。
嬉しいねえ!

ああ、奥さん。このショールをかけてお行き。まだ暗いからね、足元に気をつけて。
坊ちゃんはあたしが見ててあげるから。お墓についたら…よろしく言っておくれ。
オスカルさまとアンドレに。



おかえり、奥さん。
あの軍人さんに会えたんだね。わかるよ。だってほら、あんたったら涙でぐしゃぐしゃの顔してるじゃないか。
さあ、これで顔をお拭き。ほら、もっと!
坊ちゃんが起きたら怯えるよ。ママンがそんな泣き顔見せちゃいけない。
いいかい。
母親ってのは子どもの前で絶対泣いてはいけないんだ。それが嬉しいことでもね!

はい、これお飲み。落ち着くから。
で、どうだった?
あの軍人さん、やっぱりジャルジェさまゆかりの貴族さまだったろう?

なんだって?違うって、奥さん。
なんだ、じゃあ何かい、オスカルさまかアンドレの古い知り合いかい。
それも違う…ってじゃあ何なのさ!

オスカルさまの婚約者?!
ちょ、ちょっと、それほんとなの。あたしゃ聞いてないよ、いつオスカルさまがご婚約なさったって言うんだい。
こう見てもあたしゃ、奥さまのご実家に長く仕えて、オスカルさまのご誕生のときからずっと…

そうだったのかい。あの軍人さんがオスカルさまに求婚なさったんだね…そういう事だったのかい。
生涯オスカルさまは独身を貫かれたからあの方は…そう。そういうお方だったんだね。

素敵な話だね。オスカルさまがアンドレと一緒に神さまの元に召されてもう6年、あの方は今でもオスカルさまを忘れられないんだね。
ノエルに親しい人のお墓に花を捧げるのはよくあることだけど、あの方は永遠の恋人にそれを続けていらっしゃるんだね。

え?違う?そういう意味じゃないって、ロザリーさん、それはいったい…



おかみさんはなおも聞きたそうにしていたけれど、
わたしはどうにも涙が止まらなくて間もなく目を覚ますだろう息子に見られたくなくて、もう一度外に出てしまった。
おかみさんにもう一度ショールを借りて、もう一度、あの丘目指して駆け出したい衝動に駆られた。

でもそれはできない。
まもなく朝日があの丘を照らすだろう。
その瞬間、あの方、ジェローデルさまをひとりにして差し上げたかったのだ。

オスカルさま、見えますか?今年のノエルの朝は素晴らしく晴れ上がっています。

革命が終わりました。
いえ、正確にはこれは終わりではない。ベルナールはそう言っています。
ひとつの大きな区切りにすぎない、次なる展開はさらにフランスを混乱をもたらすだろうと。

ベルナールは、奇跡的に恐怖政治時代を生き延びました。
これもオスカルさまとそしてアンドレが天国からいつも見守ってくれたおかげだとロザリーは心から感謝しています。
わたしは夫に常々言ってきました。
どんなことがあっても生きなければいけないと。
多くの血が流されました。罪なくして消えて行かなくてはならなかった人々がいました。
残されたわたしたちは無駄に命を散らしてはいけないのです。
生きて、このフランスを平和で誰もが胸を張って堂々と生きていける国にしなくてはならないのです。
それがあのバスティーユで民衆についてくださったオスカルさまにわたしたちができるすべてだと思うのです。

わたしたちは生き延びました。
ベルナール、そしてアランも。
アランは元気です。ベルナールとすっかり仲良くなって今しょっちゅううちに顔を出してくれます。
軍人としてやり直す…って。彼、決心したみたいですよ。

ベルナールが言っていました。
「アランは、一生分の片思いをしたんだ」って。

ごめんなさい、わたし、また涙が止まらなくなって…やれやれ、いくつになってもロザリーは、って呆れていらっしゃるでしょう?

ふふっ…最初から、泣いてしまうのがわかっていたから、息子はベッドに残したままひとりであの丘を目指しました。
でもジェローデルさまに先を越されてしまいました。
あの方は危険をおかして毎年ノエルが来るたびにこの村に足を運んでいらっしゃったのです。
元近衛隊長も外国へ亡命したと風の便りに聞いたのはいつだったか…そのとおりでした。
でも、あの方はノエルのときだけは極秘に帰国なさっていたのです。
見つかったら断頭台送り……それを承知で命がけで、ノエルに合わせてフランスに帰っていらっしゃったのです。
オスカルさま、あなたに会うために。あなたに誕生日のお祝いを告げるために。

驚きました…。わたしと同じことを考えている人がもうひとりいたなんて。
でもあの方には負けました。
わたしは遠いパリを離れてまでこの村にやってくるなんてできなかった。
わたしと夫も…時として命の危険に晒されていましたから。
革命が終わったからこそ、こうして堂々とあなたに会いに来ることができたのです。

ジェローデルさまと何を話したかって?
「考えることは同じですね」
ってあの方は優しく笑ってくれました。
わたしのことをあの方は覚えておられました。
なぜって、いつもあなたがあの方にお話をされていたって…本当ですか。
わたしのことを春風だって、あなたは副官だったあの方に話されたって…知りませんでした。
恥ずかしいわ。でもうれしいです。

ジェローデルさまはあなたを愛しておられたのですね。

いえ、違います。
今も愛しておられるのです。

あの方のお言葉を私もすぐ後ろで聞いておりました。
「すぐに終わりますからそこにいらしてください」
ってにっこり微笑まれたのですもの。覚悟を決めて、そこに残りました。



ノエルにこそあなたに会いたい
あなたが天に召された夏の日にもあなたを思います
だが わたしは 誕生日のお祝いこそあなたに捧げたい
あなたは今も生きています すべての人の心の中に
こんなわたしをお笑いになりますか 過去に生きる人間だと軽蔑なさいますか

オスカル嬢

わたしは過去に生きているのではないのですよ
あなたを思い あなたを慕う その気持ちは永遠なのです
過去はただ過ぎ去るのみ あるのは未来だけなのです

今年も言わせてください
お誕生日おめでとうございます、オスカル嬢 !


お幸せですか? 天の園で……愚問でしたね お許しください

わかっています
あなたはご自分の信念を貫かれ ただひとりの人が待つところに行かれたのです ひとつの後悔もなく。
お幸せでないはずがない
それに…あの男があなたを幸せにしないはずはない そうでしょう?

オスカル嬢

わたしはフランスに戻ってまいります
そして自分のなしえることをいたしましょう
あなたの生き方に勝ることなどできないかもしれないけれど 自分になしえる最善のことをいたしましょう

オスカル嬢。今年もお幸せに!
いつまでも、永久に…。



ジェローデルさまのお背中にそっと一礼をしてわたしは引き返してきた。
間もなく朝日があの丘を照らすだろう。その瞬間をわたしはあの方だけのものにしてあげたかったのだ。
去年のノエルまではずっと朝日が昇る前にあの方はあの丘から戻ってきたはずだから…
革命が終わり、やっとあの方はお日様の下で堂々とあなたに会うことができるのですから。

オスカルさま。
どうかあの方のお祝いを受け取ってあげてくださいね。
わたしはまた来ます。今度は息子を連れて。あ、もちろんベルナールも一緒にです。
アンドレと一緒に息子に会ってやってください。フランソワっていうんですよ。

あ……!

朝日が顔を見せてくれました。
オスカルさま。聞こえますか?ジェローデルさまのお祝いの言葉が。

オスカルさま、また来ますね。
アンドレ、あなたも元気で。
オスカルさまのことをお願いね、ロザリーの一生のお願いよ。
…アンドレ。今だけは、あの方にオスカルさまを会わせてさしあげて。
あなたはいつだってオスカルさまを独占しているのだもの…ね?