マロニエ T
午後二時。
しんしんと雪が降り積もるこの田舎の病院に、ひとりの男がいる。
彼の名は、アラン・ド・ソワソン。
記憶に新しいフランス革命。
動乱の最中、彼の所属した衛兵隊は、英雄と呼ばれた。
民衆と共に戦い、自由を追い求めて駆け抜けた数日間は、忘れることなど出来ない。
彼は銃弾を受けたため、静養を兼ねてこの静かな田舎町の病院に移った。
傷跡は、たまに刺すように痛む。
しかし、環境が良いせいか、どんどんと回復に向かっていった。
そんな中、アランは時々、ふっと、ひとりの女性を思い出す。
金色の香りにのせて、ばらいろの唇。
その命の灯火尽きる直前も、少しも色あせることなく――――。
誰よりも愛してやまなかったひとりの女性。
オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ。
アランの心をとらえてはなさない、神のように強くやさしい女。
そして、はかなく散った、フランスの美しき英雄。
彼女の存在が、どれほどに自分の中に位置を占めていたか。
どれだけ自分が、彼女を慕い、尊敬して来たか。
それを考えると、胸が苦しい。
窓の外には、幾億の蛍のように雪が舞っている。
アランの頬には、涙がいくつもいくつも、つたっていく。
このまま外にずっと出ていれば、愛する人と同じ場所にいけるかもしれない。
真っ白な瞬間にさらわれるようにして、空高く昇っていけるかもしれない。
アランは、何かに突き動かされる様に、窓枠に手を掛けた。
その時である。
誰かが、病室の戸をノックした。
「アラン・ド・ソワソンさん!いらっしゃいますか!?
開けてください、どうか・・わたくし、ジャルジェ家の・・・!」
「ジャルジェ家!?」
アランはハッとして飛び起きた。
急いで戸口に行き、ドアノブを握る。
重たくて古い扉が、ギイ・・・と、音を立てて開いた。
そこには、雪にまみれて、ひとりの男が立っていた。
「アラン・・アラン・ド・ソワソンさん?」
男は、はあはあいいながら、体中についた雪のかたまりをはらっていく。
頬や耳は、林檎のように赤くなっていた。
「あんたは・・・?」
アランは、男に尋ねた。
男は、すっかり雪を払い終わると、被っていた帽子を取って言った。
「わたくし、オスカル様より、あなたに贈り物を持って参りました!」
それを聞くと、アランの心の中は、怒りで満ちていった。
アランは言った。
「冗談ならよしてくれ、あの方は・・あの方はもう・・・!」
男はあわてて、小脇に抱えた包みをアランに差し出した。
「いいえ、いいえ!
オスカル様は、今日・・十二月二十五日に、あなた様にこれを、と・・!」
「嘘だ・・・!」
アランは、包みを受け取ろうとしなかった。
「わたくしとて・・辛うございます」
男は、アランに一通の手紙を渡し、その後に包みを渡した。
「お受け取り下さいませ、オスカル様が残された、最後の最後の贈り物です。」
男の目からは、涙がつたっていた。
雪道に消えていく男を見送った後、アランは、ベッドに戻った。
ベッドの中で、手紙をゆっくりと開いていく。
そして、なめらかな筆記体で書かれた手紙に目を通しはじめた。
「・・・・・!」
アランは、自分のこんなにも大きい心臓の音を、はじめて聞いた。
今まで知ることもなかった、驚愕の真実が、彼の周りに渦巻いていた。