丘の上まで T
昨日から降り続いた雪が、朝になってやっと止んだ。
あたり一面、白と銀色の織りなす、美しくも儚げな世界。
昨夜窓の外から見つめるだけだった雪を、今やっと触れることが出来る喜び。
はやる気持ちを抑えながら、オスカルとアンドレは、今日も丘に登っていった。
丘の上には、ふたりのお気に入りの場所がある。
そこは、ずっと前から建っている古い教会。
白い壁に、陽に透けて輝くステンドグラス、美しいマリア様。
そして、ふたりの大好きな、丘の上の教会の神父様。
先代の神父が亡くなってから、この若い神父が、この教会にやってきた。
美しい顔立ちに、栗色の髪をして、トルコ石の様な色の瞳。
頭もいい。彼に知らないことはないとまで言われた。
そして優しく、慈悲深い。
真に美しいひとというのは、こんな人の事だろうと、オスカルとアンドレは思っていた。
お互い口に出さなくても、それは分かっていた。
白い息をはずませて丘を登れば、白い世界の中に白い教会が見えた。
腕に抱えたケーキの箱も、焼きたてだからまだ暖かい。
「神父様、おはようー!」
オスカルとアンドレは、声をそろえて叫んだ。
重い木の扉を開けると、いつものように朝のすずしげな光が溢れる聖堂。
「おはよう、オスカル、アンドレ・・・。」
光の中で微笑んでいた若い青年が、オスカルとアンドレの方を向いた。
彼こそが、この教会の若き神父、ミカエルであった。
「雪が降りましたね・・ああ、こんなに頬を赤くして・・・。」
神父はふたりへ歩み寄り、その彫刻のような手で、ふたりの頬にそっと触れた。
こんなときオスカルとアンドレは、何だか体が浮くような、ふわりとした気持ちになるのだった。
「神父様、これ、おばあちゃんから・・!」
アンドレは、ことづかってきたケーキの箱を神父に渡した。
「ああ、いつもありがとうございます。早速頂きましょうか、紅茶をいれて。」
神父がそう言うと、ふたりは待ちこがれたと言わんばかりに、大きな声を出した。
「やったー!!」
飛び上がったふたりを見て、神父はまた、にこやかに笑うのだった。
聖堂の奥に作られた小部屋に、紅茶とケーキのいい匂いが立ちこめる。
窓際の椅子は神父の椅子。少し小さい二つの椅子は、右がオスカル、左がアンドレ。
古い木の丸いテーブルを、三人はいつもこうやって囲むのだ。
「・・ところで、オスカル、アンドレ。」
神父は、あらたまったようにカップを置き、ふたりを見つめた。
「なーに?神父様・・。」
アンドレはまだ、ケーキを口に入れたままもごもごと返事を返した。
神父は笑い、アンドレの口についたクリームを拭きながら言った。
「今日は、午後になったらお帰りなさい。僕は大切な用事があるのだよ・・・。」
オスカルがすかさず言った。
「何で、どうしてですか?ぼくたちが居てはいけませんか!?」
「そうだよ!おれたちいい子にしてるから、ねっ!」
アンドレも必死になって、オスカルと一緒に神父に頼む。
「そうは言ってもねえ・・・君たち、退屈だろうと思って・・・。
居たって僕はかまいませんよ、静かにさえしていればね、静かにね・・・。」
神父は、口元に人差し指を持っていき、オスカルとアンドレをぐるっと見回した。
「します!!」
オスカルとアンドレは、声をそろえて即答した。
「・・・よし、分かりました。ならいいでしょう!」
神父は紅茶を飲み干し、スッと立って、窓の方を向いた。
「でも神父様、今日は一体、何があるのですか?」
オスカルがそう尋ねると、アンドレも、そうだそうだと言った顔をしている。
神父は、朝の光をその背に向けながら、いつものように穏やかに言った。
「結婚式です。僕の、大切な、大切なひとのね――――――。」