丘の上まで U
白い教会は、あたたかな日差しと共に午後をむかえた。
結婚式が始まる―――――。
そんな思いが強すぎたのか、オスカルもアンドレも、もうずっと前から黙りこくったままだった。
聖堂の長椅子に座って、ピクリとも動かない。
一体どこにあったのか、神父が見つけてきた聖歌隊の衣装も付けていた。
「ほら、そんなに緊張しないで下さい!」
神父はふたりに声を掛けるが、石像のような彼らの横顔はゆるむことはない。
ふたりの周りにだけ、緊張の糸がピンと張りつめていた。
見かねた神父は、ふたりの間に腰を下ろした。
「・・・花嫁さん達が来るまで、お話でもしましょうか?少し昔のお話・・・。」
「昔の話・・・?」
「どういう話ですか、それって・・。」
ふたりは、興味津々といった顔をする。
その顔からは、先ほどまでの硬い表情は、もう消えかけていた。
神父は、ふたりを自分の方へちょっとだけ引き寄せて、話し始めた。
「あるところに、仲の良い男の子と女の子ががいました。
ふたりはいつも一緒に遊んで、いつも一緒におやつを食べて。どんなときも一緒にいました。
・・・・そう、まるで君たちのようにね。」
神父の視線が、ステンドグラスの方へ映った。
「しかし、ある時から、女の子はひとりになってしまいます。
大好きで仕方なかった男の子が、遠い遠い街へ引っ越すことになったのです。
女の子は悲しくて、引っ越しの前の晩は、月を眺めながら泣いていました。」
神父は話しながら、首から提げた古めかしい十字架をそっと、握りしめた。
「朝になり、女の子は、泣きはらした目をして、男の子を見送りました。
いつも身につけていた大切なお守りを男の子に渡し、‘寂しい、寂しい’と繰り返して。
出発の時間・・・・男の子は、そんな女の子の手を取り、こう言いました。」
そこまで話すと、神父は黙って、天上を見つめた。
それからまた、視線をオスカルとアンドレに戻し、口を開いた。
「男の子は言いました。
‘ぼくはきっと帰ってくるから、そしたら、そしたらぼくと――――――」
・・その時である。
教会の扉を、荒々しく叩く音がした。
中の三人はハッとして、扉の方に目をやった。
木の扉がガタガタと動いて、大きな音を立てて開いた。
びっくりしたオスカルとアンドレは、とっさに神父にしがみつく。
「・・ミカエル!」
神父の名を口にし、扉の向こうから現れたのは、白いドレスの女性だった。
「マリアンヌ・・!」
神父は女性に走り寄り、その真っ赤になった細い手をとった。
「今、やっとできあがったの・・。仕立屋さんが急いで作ってくれて・・。」
女性は、その雪のように白いドレスをつまんで、ちょっと笑ってみせた。
「綺麗だよ、マリアンヌ。とても素敵だ。
今日はね・・君たちをほら、天使が祝福に来てくれたんだ。」
神父はそう言って、オスカルとアンドレを、女性の前に進ませた。
「ふたりとも、今日の主役のマリアンヌですよ。」
マリアンヌと呼ばれた女性は、まさに聖母のような笑顔を浮かべている。
結い上げた髪に香る花も、その髪の一本一本も、彼女のすべてが神々しく、美しく見えた。
オスカルとアンドレは照れくさそうに、マリアンヌに言った。
「お・・おめでとう、マリアンヌさん・・。」
ふたりのあまりのかわいさに、マリアンヌはきゃあきゃあと少女のように騒ぎ出した。
そんなマリアンヌを見て、オスカルとアンドレも、嬉しくもあり、また一層、
照れくさくもなったりするのだった。
そのうちに外が騒がしくなり、続々と人が教会へ集まりだした。
新郎のヨハンも到着して、小さな教会は人であふれかえっている。
「さあ、始めましょうか、皆さん!」
ミカエル神父の声が、教会に響いた。
晴れ渡った空、雪のように白く、美しい花嫁。人々の笑顔。
結婚式が、始まる――――――――――。