白い真心を



青々と光る木の葉に、新しい夏の気配を感じる時期になった。


パリの下町。
この貧しい人々が集う街に、今日も懸命に生きる一人の少女がいる。

ロザリー・ラ・モリエール。

病気の母親を抱え、家事に仕事にと、彼女はいつも忙しく走り回っていた。

彼女には、平民とは思えない、どこかお姫様のような高貴な雰囲気がある。
でも決して高飛車に振る舞うようなことはしない、優しい娘だった。
振り返りざまに、陽の光をいっぱいに受けた金髪が風に流れているとき、
ピンク色の愛らしいくちびるから、天使のようなほほえみがこぼれたとき。
人々は、この下町の一輪のバラにため息をもらすのである。



今日もロザリーは、台所の下働きの仕事を終えて家路へと急いだ。
もらったばかりのお給金をパンにかえ、腕にしっかりとだきとめて、
夕日に輝く石畳を歩く。
疲れた体に差し込む、黄金色の光がまぶしかった。

大きな通りにさしかかると、決まって彼女が足を止める所がある。

ある洋装店の店先に飾られている、羽のように軽いレースのドレス。

白の地に、ふんだんにあしらわれたレースの美しさに、ロザリーはすっかり
このドレスの虜になってしまった。
もう3ヶ月も前から、仕事帰りにここに寄り、ドレスを眺めているのである。
今日もドレスに目を奪われて、これを着て舞踏会に・・・などという想像に
かられていると、店の奥から、誰か人が出てきた。

「ちょっと、あんた。」

店から出てきたのは、ここの奥さんであった。

奥さんが片手に持った裁ちバサミが、ぎらりと光った。
「(どうしよう・・・、きっとおこられてしまうわ・・!)」
ロザリーは真っ青になり、必死で弁解を始めた。

「ご、ごめんなさい、あんまり綺麗なドレスなもので・・・。
 いつも眺めてしまって・・・。あの・・私・・・・・。」

どんどん近づいてくる店の奥さん。
きっと怒鳴り散らされるんだろう・・・・、そう思うと、足がすくんだ。

しかし、次の瞬間、奥さんの暖かい手がロザリーの肩をたたいた。

青くなって震えるロザリーに、店の奥さんは、にっこりと笑った。
「怖がらなくてもいいさ。いつも来ているのは知っていたよ。」
予想外の答えに、ロザリーはちょっとびっくりした。

「あのドレスは、うちの主人の自信作なんだよ。
 いつもいつもあんたが、ここでドレスを見てくれているから、すっかり
 主人があんたを気に入ってねえ・・・。
 きっと買えないんだろうから、せめてこれだけでも・・・って、
 あたしに言付けてきたのさ。ほら・・・・これ。」

奥さんは、ロザリーの手に、白いレースのリボンをそっと渡した。
「こ、これは・・・・・!?」
羽のように軽い、あの生地。間近で見るともっと素敵な、しなやかなレース。

「うちの主人がね、あんたに、って、昨日の夜作ったのさ。
 その綺麗な金髪を束ねてほしいって・・・。
 あんた、いつも同じ、赤いリボンをしているだろう?
 たまには気分を変えて、これでもしてやっておくれよ。」

「お・・・奥さん・・・・!」

みるみるうちに、ロザリーの大きな瞳は潤み、真珠のような涙が、
ひとつ、ふたつと地面にこぼれ落ちた。
「ありがとう・・・ありがとう・・・!」
「おや、おやおや・・・・、どうして泣くんだい!?あれあれ・・・。」
奥さんは、飛びついてきたロザリーの頭をポンポンとたたき、震える肩を
やさしく抱いた。
「大切にします・・・・!一生、大切にします・・・・!」
奥さんは、泣きじゃくるロザリーの手から白いリボンを取り、今まで結んで
あった赤いリボンをほどいて、白いリボンで、ロザリーの髪を束ねた。

「ほうら!よく似合うよ!見てごらんよ・・・。」
奥さんは、店のガラスにロザリーを映して、軽く髪を整えた。
ロザリーは嬉しくなって何度も後ろを振り返ったり、くるくる回ったり、
小さな子供のようにはしゃいでいた。

・・・・・と、店の中をふと見ると、奥の方で、男の人がこっちをじっと
見ている。がっしりとした、一見怖そうな男だった。
ロザリーは、一目で、この人がご主人だと分かった。
髪を束ねた姿を見せて、ロザリーは精一杯の感謝をあらわす。
すると、店の主人は慌てて、作業台へ走って赤い布を裁ち始めた。

ロザリーの後ろでは、奥さんがクスクスと笑っていた。

「あの人ね、どうしようもない照れ屋なんだよ!ごめんよ、無愛想で。」



パリの空に星が瞬きはじめるころ、白いリボンを金の髪にゆらして、
一人の少女が、足取りも軽やかに家路につく。
彼女が家の前にさしかかると、近所のおばさんが声を掛けてきた。
「おやロザリー、よく似合いだよ、そのリボン!」


ロザリーは、花のような笑みを浮かべて振り返る。

「ありがとう、おばさん!」