沈黙の庭 U
しんみりとした雨のベルサイユを、ジャルジェ家の馬車が走っていく。
行き先はもちろん、ド・ダルヴァン侯爵邸。
郊外の静かな地に建てられたド・ダルヴァン侯爵邸は、とても古い城では
あったが、東洋などの異文化を至る所に取り入れた、珍しい建築様式であ
る。
すっかり勢力をなくしてしまったダルヴァン家であるが、
今の当主の数代前は、貴族の社会を動かす程、栄華を誇った家であったと
、
オスカルとアンドレは、ジャルジェ夫人から聞いた。
霧雨に肩を濡らしながら見上げた城の美しさと古さに、オスカルはなぜか
、
胸をしめつけられるような悲しみがこみ上げていた。
ジャルジェ夫人とオスカル、それにアンドレの三人は、たくさんの客に
囲まれ、おしゃべりと料理を楽しんでいた。
大きな広間には、至る所に花が生けられ、とりどりの料理でうめつくされ
ている。
上等のシャンパンにワイン、匂いをかいだだけでも酔ってしまいそうだ。
「・・・オスカル、大丈夫なのか、俺は・・?」
しばしの談笑の合間、アンドレは、オスカルにそっと耳打ちした。
オスカルはすぐに、アンドレに、大丈夫だ、とそっと囁いた。
いつもなら供をするだけのアンドレが、貴族の会合の場にいることに対し
て、
不安を持っているのだろうと思ったのである。
「心配ないさ、アンドレ。
母上から聞いたのだが、なんとあちらから、お前も一緒にと言われていた
そうだ。
いつだか宮廷で、私と一緒にいたところをご覧になったらしい。」
オスカルの言葉を聞くと、アンドレはくすくすと笑い出した。
「・・・違うぞ、別のことだ。
侯爵夫人が呼びたがったなんて、本気で信じていたの
か、お前・・・!」
オスカルは何だかわからなくて、眉間にしわを寄せた。
するとアンドレは、向こうの方で、お喋りに花を咲かせている、ひとりの
貴婦人を指さした。
「俺達が呼ばれたのは、あの方のためなんだよ、オスカル。
――――ジュヌビエーブ・ド・ソレイユ伯爵夫人。
あの方が俺達に熱を上げているのは、お前も知ってるだろ?」
豪華な宝石に、目が痛くなるほどの真紅のドレス、派手な髪飾り。
高飛車で高慢な態度のため、取り巻きは似たような人ばかり。
オスカルは、いつか彼女から貰った熱烈なラブレターを思い出し、体が震
えた。
「あのジュヌビエーブ嬢か・・・!知らなかったぞ!
そうと知っていたなら来なかったのに!」
アンドレは、シャンペンを飲みながら言った。
「ド・ソレイユ伯爵夫人は、ここの侯爵夫人のお得意様らしいぞ。
もっとも、順番待ちなんてお構いなしに、無理矢理つくらせているそうだ
がな。」
ふたりがごそごそと喋っていると、あの真紅のドレスが、颯爽と近づいて
来るのが見えた。
満面の笑顔をたたえながら、胸元の大きく開いた部分をわざとらしく扇で
隠している。
「まずい、お嬢様のおでましだぞ!アンドレ・・!」
オスカルはすでに身構えている。
「逃げよう、オスカル!」
ふたりはくるりと向きを変えて、別の方向に歩き始めた。
その時、大広間の古めかしいドアが、きしむような音を立てて開いた。
歓声と拍手が四方八方からわき起こり、楽隊が音楽を奏で始める。
どうやら、侯爵夫人の支度が終わり、広間に姿を見せるようである。
「侯爵夫人!おめでとうございます!」
「お待ちしていましたのよ!」
そんな声が、次々と飛んでくる。
拍手の渦はますます大きくなり、オスカルもアンドレも
そのあまりの熱気にびっくりしている。
その拍手と歓声の大きさはまさに、ベルサイユで話題の的となっている彼
女、
ド・ダルヴァン侯爵夫人の人気そのものであった。
そして今、歓声に促されたひとりの貴婦人が、その姿をあらわそうとして
いた。