沈黙の庭 V
「皆様、ようこそおいでくださいました!」
その声と同時に、可憐な野の花のようなひとりの女性があらわれた。
やはり、扉の向こうにいたのは、ダルヴァン侯爵夫人だった。
かげろうのように儚い姿をした、ほっそりと美しい女性である。
刺繍の施された、空の彼方を思わせる青いドレスは、侯爵夫人の軽やかな
足取りに、ふわりふわりとなびいている。
夜の闇に浮かぶあの美しい月のように、ほんのりと明るく輝く豊かに薫る髪
は、人々の祝福にゆれていた。
そして、会う人全てを魅了してやまないという、あの香り――――。
真珠のようなつやをもつ、ばらの香りがすぐに人々の心をくすぐった。
拍手が止んだと思うと、すぐに、大勢の貴婦人が、ダルヴァン侯爵夫人の周
りに集まった。
「おめでとうございます、侯爵夫人!」
「今日は、頂いた香水をつけてまいりましたのよ!」
そう言って駆け寄ってくるひとりひとりに、侯爵夫人は、丁寧にお礼をしていた。
「すごいもんだな、オスカル・・・!」
アンドレは、あっけにとられてその様子を見ていた。
「私もびっくりだよ、アンドレ!
あのご夫人には、熱狂的なファンが多いとは聞いていたけれど・・・。」
オスカルも、ぽかんと口を開けている。
ソレイユ伯爵夫人も、ふたりのことなどすっかり忘れて、
侯爵夫人のもとに新しい香水の構想の紙を差し出し、執拗に問いかけをしている。
「オスカル、さあ・・ご挨拶に参りましょう!」
ジャルジェ夫人は、オスカルの手をとって、騒ぎのする方に歩き始めた。
すると、なんとこちらから行くまでもなく、侯爵夫人の方から駆け寄ってき
たのである。
「ジャルジェ夫人、ジャルジェ夫人――――――!!」
ダルヴァン侯爵夫人は、ジャルジェ夫人に飛びつかんばかりに走り寄った。
「おめでとうございます、侯爵夫人。」
ジャルジェ夫人も、あたたかな笑顔をして、本当に楽しそうである。
「ああ・・嬉しい!来てくださったのね!わたくしの大切なお友達、ジャル
ジェ夫人・・・!」
侯爵夫人は、ちいさな子供のように騒いでいる。
ジャルジェ夫人は、オスカルとアンドレの方を向いて、そっと手招きをした。
「・・ご紹介させていただきますわ、息子のオスカルですの。
そして、アンドレ・グランディエ―――――。」
「お招き、ありがとうございます。侯爵夫人。」
オスカルとアンドレは、そろって丁寧にお辞儀をした。
「知っていますわ、あなた方の美しさは、宮廷でも有名―――・・・。
・・あ、あら・・ごめんなさい、知ったような口をきいて。
出入りを許されて、まだ少ししか経っていないというのに・・!」
侯爵夫人は、そう言って恥ずかしそうに笑った。
「何をおっしゃいます、侯爵夫人。」
オスカルは、そっと侯爵夫人の手を取ってキスをした。
そのような些細なことまでも、こうして謝るなんて、何て純粋で心の綺麗な
ひとであろう。
この女性に、香水狂いのような部分はかけらも見られない。
オスカルは侯爵夫人に会うまでの自分の気持ちを、心底恥ずかしいと思った。
侯爵夫人は、ジャルジェ夫人とオスカルにこっそりと言った。
「・・・後で、オスカル様と、アンドレ様と一緒に、お話いたしましょう!
新しくできあがった香水もありますの、ね、ぜひ・・・・!」
ジャルジェ夫人とオスカルは大きく頷いた。
そして、貴婦人達の声に誘われ、侯爵夫人と寄り添って、貴婦人達の輪の中
に入っていった。
「・・・少女のようなひとだな、オスカル。」
アンドレは、ふたりの後ろ姿を見ながらつぶやいた。
オスカルの心の中からは、昨日までのいらだちは、すっかり消えて、
かわりに、はやくあの侯爵夫人と話をしたいという気持ちが芽生え始めていた。