沈黙の庭 X 

オスカルとアンドレがその古城に着いたとき、さっきまでの
激しい雨は嘘のように穏やかになっていた。

かわりに、ダルヴァン夫人が涙の大雨を降らせていた。
大広間に通されたオスカルとアンドレの目には、まっさきに
夫人の子鹿のように華奢な姿が飛び込んできた。
       
「ダルヴァン夫人・・!」
オスカルは手袋とマントをメイドに預け、夫人の元へと駆け寄った。
「ジャ・・ルジェ准将・・・!!」
夫人は、凍りついたような表情で、オスカルを見つめた。
涙ばかりをはらはらとこぼし、頬を次々とつたる。

その痛々しい姿の後ろには、変わり果てたソレイユ伯爵夫人が、
真っ青になって横たわっていた。

  
「お茶を差し上げたら・・夫人は急に苦しみだして・・!」
大きな泣き声をあげながら、ダルヴァン夫人はまた床に崩れ落ちた。


オスカルは、夫人をなだめながら、ソレイユ伯夫人の死体に目をやった。

これといって外傷はない。
口から泡をふいて、左手は胸のあたりで硬直していた。
苦しさのあまりかきむしったのだろうか。胸元の大きなレースのリボンは、
その手にくしゃくしゃになって握りしめられていた。
       
「お茶を出されたそうですね、夫人?
ハーブ・ティーか何かだったのですか?変わった香りがします。」

アンドレが近づいてきて、ダルヴァン夫人に言った。

「・・東洋から仕入れましたの。
 夫人は、お茶は味より香りだと・・いつも・・・。
 香りにはことのほかお詳しくて・・。」
ダルヴァン夫人は、うつむきながら言った。
     
オスカルは、部屋に充満した匂いに、その時やっと気づいた。
薬草のようなその匂いは、お茶のそれとは全く違う。
鼻にツンと抜けるような感じもするし、胸に重く溜まる様にも思える。

変なものを好んでいたのだな、と、オスカルが夫人の死体を見ると、
そのの右手が、奇妙な形で硬直しているのに気が付いた。
「アンドレ・・見ろ。」
オスカルは夫人の冷たくなった手をとり、アンドレを呼んだ。
アンドレはすぐ近づいてくる。

夫人の死体の右手はの人差し指は、ぴんと立てられていた。
それはまるで一本の棒のようになり、冷たく硬直していたのだ。

「・・・おかしいとは思わないか。
 胸元をかきむしるほど苦しんで死んだというのに、
 こんな指をして・・。不自然なような気がするのだ・・・。」
オスカルは、そっと夫人の死体の右手から手を離した。
そして、すぐに部下に命じて、夫人の死体を片付けさせる。

「・・・誰かを指さしていた?」
アンドレも、不思議そうに首を傾げた。

「・・・夫人、あなたが茶を用意させて、運ばせたのは誰ですか?」
オスカルは、ダルヴァン夫人に尋ねた。
「メイドですわ。あの子ですの・・・。」
夫人の悲しそうな視線の先には、真っ青になって震えるメイドがいた。
「わ、わたくし・・・・何もしていません・・!」
歯をがたがたいわせながら、メイドは必死になって否定した。

「・・わたくし・・あなたを信じていたいわ・・!」

ダルヴァン夫人は涙をこぼしながら、メイドを見つめた。

「・・・すまないが、話を聞かせてもらう。
 ダルヴァン夫人、しばらくの間、隣室をお借りします。」
オスカルは、後ろにいた部下に目配せをした。
数人の部下はすぐにメイドを取り囲み、隣室へと引きずっていく。
「奥様!奥様!信じてください・・!」
メイドの悲痛な叫びが、隣室へと消えていった。

「・・・さて、ダルヴァン夫人。
 お辛いでしょうが・・あなたにもお聞きしなければなりません。
 ソレイユ伯夫人と過ごした、最後の時間の事を。」

オスカルは、その静かな瞳でダルヴァン夫人に語りかけた。