屋敷 前編


     町はずれに、とても古い屋敷がある。
     もう何年も人はおらず、夜ともなるとコウモリが飛び交い、
     昼でもカラスの鳴き声が絶えない不気味な館。
     女の霊を見るとか、入ると出られないとか、おそろしい噂もたくさんある。
     この屋敷、門に見事な獅子の飾りが施してあるので、いつしか人々からは、
     『獅子の屋敷』と呼ばれるようになった―――――――。


     「・・・・というわけさ、アンドレ。」
     「ふうん・・・・『獅子の屋敷』か・・・。行ったことはあるのか?」
     「オルタンス姉上と一度だけ。しかし、怖くて帰ってきてしまったんだ。
      姉上がひどく泣かれて。玄関までは行ったのだが・・・。懐かしいな。」

     ある夜、眠れない二人は、あかあかと燃える暖炉のそばでチェスを楽しみ
     ながら、子どもの頃の話に浸っていた。

     窓の外は雪。しんしんと降る雪のように、二人の話も止まらない。
     今夜はいつものワインではなく、暖かいショコラが彼らの傍らにある。


     「はい、チェックメイト!」
     コトッ、というコマの音。それと同時に、オスカルの舌打ちが聞こえる。
     もうアンドレの3連勝だ。
     「もう一勝負!たのむ、アンドレ!」
     アンドレはそんなオスカルをみて、クスッと笑ってから、コマを並べ直す。
     こうして、今夜も更けていった・・・・・・・。



     次の日も雪だった。
     前の晩から降り続き、足首ほどまで積もっている。 

     「アンドレ、アンドレ。お使い頼めるかい?今日は腰が痛くて・・・・。」
     ばあやが、腰をさすりさすりやってきた。
     「大丈夫かい、おばあちゃん。ちょうど用事も終わったし、いいよ。」
     ばあやは、住所の書いた紙を取り出してアンドレに渡した。
     「旦那様が、奥様のために特別にお取り寄せになったワインなのさ。
      ここにいって取ってきておくれ。落としたりしないようにね!」
     「はいはい、行って来るよ!!」
     アンドレは、馬を小屋から出し、コートとマフラーを身につけて、
     粉雪のちらつくなかを駆けだしていった。




     ジャルジェ家を出てから、2時間は経ったろうか。
     アンドレは、注文のワインを引き取り、馬を急ぎ足にしていた。
     嫌なことに風も吹き、雪は本降りになってきていた。
     荒れ狂う雪のつぶてが、アンドレを容赦なく攻撃してくる。
     「う~~っ、寒い!!早く帰って、あったかいお茶でも・・・。」
     アンドレは、マフラーを口まで巻き直そうと、マフラーに手をかけた。

     「あッ!!」

     突風がアンドレのマフラーをさらっていってしまった。
     雪の中、風にもてあそばれるように飛んでいくアンドレのマフラー。
     雪が視界をふさぐ。そのうえ、馬の足下も雪のせいでおぼつかない。
     アンドレは必死でマフラーを追いかけた。


     マフラーは風にもまれ、雪にもまれ、ある屋敷の中に消えていった。
     アンドレもあわてて後を追う。
     「まいったな・・・・。ここに入っちゃったよ。」
     アンドレは馬を急がせ、屋敷の前へと向かう。

     その屋敷は、古いが立派な屋敷で、目の前にたたずむ門には、金色に輝く
     獅子の飾りが施してあった。

     「まさか・・・・・ここは、オスカルの言っていた・・・・・・!」

     アンドレは夕べの話を思い出し、いささか、恐怖がこみ上げてきた。

     風雪の中、庭のアーチに引っかかったアンドレのマフラーは、
     彼を屋敷へと手招きするかのように、バタバタと風になびいていた。