屋敷  後編


     パリの街は雪にすっぽりと覆われ、この日もまた降っている。
     夕べ聞かなければよかった話が、アンドレの耳元で囁いた。
     『獅子の屋敷』は、風雪の中、さらに恐ろしさを増している。
     門に施された飾りの、4頭の獅子がじろりと自分を睨んでいる
     ような気さえした。


     「幽霊も、寒いから・・暖炉にでもあたってるだろ!
     さっさとマフラーをとって・・・。早く帰ろう・・・!」

     アンドレは目の前の屋敷の門に手をかける。
     重く、なんびとも拒むように過ごしてきた屋敷の年月が、今まさに
     アンドレによってとき放たれようとしているようであった。

     屋敷の庭はとても広く、庭の噴水には子どもの4人の彫刻があったが、
     雪をかぶって真っ白になっており、彫刻はとても寒そうに見えた。
     アンドレは自分のマフラー目指して、長い長いアーチを通っていく。

     アンドレは、ひっかかったマフラーにたどり着き、手を伸ばした。
     その時だった。
     いきなり、本当にぴたりと風が止んだ。
     雪も嘘のようにやさしくなった。

     すると、アンドレの目の前に、ふわり・・・ふわり・・・と、
     桃色の雪が舞い降りた。
     「・・・・・・!?」
     アンドレは、自分の目を疑った。
     「桃色の・・・雪?」
     次の瞬間、桃色の雪と一緒に、真っ白い獅子と男の子が舞い降りてきた。
     なんと、庭の彫刻とそっくりな男の子だった。
     男の子には、子どもらしいあどけなさと爽やかさのなかにも、凛とした、
     どこか冷たい雰囲気が流れている。傍らには純白のたてがみをもつ獅子が
     男の子を守るようにして、ぴったりとついている。
     どちらも雪のように白く、透けてしまいそうな透明感を持っていた。

     「あ・・・。」
     アンドレはびっくりして、どうしたらいいのか分からなかった。
     彼らは、ゆっくりアンドレに近づいて来る。
     そして・・・・アンドレの手前で、止まった。

     「こんにちは。寒いですね・・・・。」
     男の子が、ほほえみを浮かべて、静かに口を開いた。
     彼がたてがみをなでた瞬間、桃色の雪がふわりとアンドレをかすめた。

     「・・・・ぼくは、ソワール。この子は、ロティです。
      ぼくたちは今日、大事な用があってここに来ました。」
     男の子は、とてもやさしい口調で話した。
 
     「用・・・って・・。」
     「はい。桃色の雪、見たでしょう・・・?もうすぐ、春になるからなのです。
      ぼくたちはまた一年間、冬になって寒くなるのをここで待つのです。」

     男の子がそう言うと、また桃色の雪が舞った。しかし今度は、様々な花の
     いい香りも一緒に、風にのってはこばれてきた。
     「・・・ああ、あの子達が・・来ました。」
     男の子と獅子は、遠くを見つめた。
     すると、彼らの視線の彼方から、薄い桃色の男の子と、彼と同じ色の
     獅子が現れた。
     白い男の子は、アンドレを優しく見つめて言った。
     「ぼくたちは、ひとりひとり大事な役目を持っています。
      ぼくたちが四人揃わなければ、この世は意味をなさないのです・・・。
      ほとんどの人は、知りませんがね。
      また来年、お会いしましょう。アンドレ。
      昔はしょっちゅう会っていたのですが・・。本当に大きくなりましたね。」

     「ちょ・・・ちょっと待ってくれ!昔のようにって・・・、
      どうして俺のこと・・・。」

     そう言うと、男の子と獅子は、かぐわしい香りの中に桃色の雪を残し、
     光の粒になって、跡形もなく消えていった。

     男の子と獅子からは、不思議と恐ろしいという雰囲気は漂ってはこなかった。
     どこか神々しくて、天使のような感じもした。
     これが幽霊というものかと、アンドレは思いながら、また馬を急がせて
     ジャルジェ家に帰った。



     ジャルジェ家に帰り着いたアンドレは、ばあやにワインを渡し、
     オスカルに、『獅子の屋敷』での出来事を話そうと、お茶を手に彼女の部屋に
     向かった。

     部屋の戸をノックすると、オスカルは一冊の童話集を片手に微笑んでいた。
     「アンドレ!ほら、みてごらんよ・・・・。こんなものが残っていたなんて。
      ばあやが今日、部屋を片付けていて見つけたんだそうだ・・・。
      つい読んでしまった。お前ともよく一緒に読んだ本だよ。」
     「そんなことより、聞いてくれ、オスカル!」

     オスカルの童話集の挿し絵を見たアンドレは、とても驚いた顔をした。
     しかし、またすぐいつもの笑顔をオスカルに向ける。

     「なんだい、なにかおもしろいことでもあったのか?」
     オスカルはアンドレに、小さな砂糖菓子を手渡して言った。
     「いいや・・・・なんでもないさ。懐かしい友人に会ったんだ。」
     アンドレは、砂糖菓子を口に入れた。
     「今日は・・・少し疲れた・・・・。眠ってもいいか?」
     そう言って、オスカルはベッドに横になった。
     「いいとも。そうだ・・・これを読んでやろう。昔のように・・。」
     アンドレは童話集の中程のページを開き、オスカルの横に座って読み始めた。

     『四季というものは、4人の妖精と、彼らの獅子によってやってくるのです。
      彼らが降りてきたとき、季節は移り変わる・・・・。
      春は桃色の妖精が、夏は空色の妖精が、秋はセピア色の妖精が、
      冬は、真っ白な妖精が・・・・・・・・・・・・・・・・・・。』

     
     窓の外を、桃色の獅子と男の子が、笑いながらふわりと飛んでいったのを
     二人は気づかない。

     次の日から、昨日までの雪が嘘のように、水も、空気も、
     だんだんと暖かくなっていった――――――――――――――。