雪の朝に

 昨夜は、遅くまで雪が降っていた。
 今朝は、白いベールをかぶったような町並みが、薄暗い朝の光の中に、
 じっとたたずんでいた。
 アンドレは、いつものようにジャルジェ家の馬小屋に向かう。
 屋敷には、昨日から、ジャルジェ婦人はいなかった。
 オスカルの姉、オルタンスに子どもができ、予定日が近くなった
 ため、様子を見に行っていたのだった。
 「あの子の、初めてのお産だから」
 そういって、かわいい孫との対面を待ち望んでいたジャルジェ婦人の、
 うれしそうな横顔が印象的だった。

 「よう、今朝も元気そうだな!」
 アンドレは、馬たちに一頭ずつ、声をかけてやる。
 「今日は、おまえの蹄鉄を取り替える日だな。」
 そういって、一頭の白い馬のたてがみをなでた。オスカルの馬だ。
 「気持ちよく走れるようにしてやるからな。オスカルを乗せて。」
 白馬の大きなひとみが、じっとアンドレを見つめた。

 その時だった。オスカルが息を切らして馬小屋に駆け込んだ。
 「おいアンドレ、お生まれだ!!あ、姉上の子が!!」
 「本当か!?」
 「ウソをいうか、こんなこと!さっき、ローランシー家からの
  使いの馬車が来たんだ!!ああ・・・姉上・・・・。」
 呼吸も整えぬまま、ほほを紅潮させてしゃべり続ける、あどけない
 少年のようなオスカル。それをみて、アンドレも、あたらしい命の
 誕生に心躍らせる。
 「それで・・・・男の子か?女の子か?」
 「そ、そうだ、それを聞いていなかった!!まってろ、聞いてくるから!」
 
 そういって駆けだしたオスカルは、ここにいるどの馬よりもはやく、
 朝の光の中に吸い込まれていった。
 
 よっぽど、嬉しいんだな・・・。オスカルは、オルタンス様とは
 特別に仲がよかったから、きっと、自分のことのように・・・・・。

 ・・・・・・自分の・・・ことの・・・・ように!?
 
 アンドレは、ふいに何かに胸を突かれたような気がした。
 オスカルも結婚するのだろうか。
 いつか、剣を捨て、軍服を脱いで、愛しい愛しい男の元へと、
 幸せの光に包まれながら、祝福を浴びて・・・・・・・・・・・・。

 そんなことを考えたら、ぎゅっと、胸が苦しくなった。

 あいつのそばに、一生、ついていたい。守ってやりたい。

 そんな想いにかられた。
 オスカルは、今もフェルゼンへの想いを胸に抱いて、こぼれ落ちそうな
 熱い涙に必死に耐えているのだろうか。
 
 おまえも、俺と一緒だ。

 おまえは気づいていないだろう。おれの心をふるわすそのしぐさに、
 黄金の髪に、澄んだ青い瞳に、白い肌に・・・・・・・。
 できることなら、伝えたいと思っていた。
 叶うなことなら、普通の年頃の男女のように、夜通し愛を語り会いたいと。
 いつの日からか、一人の女性として意識するようになったオスカル。

 しかし、彼は解っていた。
 女であって女ではない、男であって男ではない、愛しいひとのことを。
 気高い魂に秘められている、繊細な女心を。
 そして、誰にも語らぬ、フェルゼンへの思いを。



 
 「おーい、アンドレ!女の子だそうだ!姉上の子どもは!!」
 
 オスカルが走ってくる。剣を競い、馬術を競い、友情を深めた
 幼き頃からの一番の親友。
 細い体に男物のシャツの、見慣れた姿で走ってくる。

 「そうか、女の子か・・・・・。オスカルおばさま!」
 アンドレは、着ていたコートを、さっとオスカルに羽織らせた。
 「ま、待てよ!私はまだそんな年ではないぞ!
  それより、子どもの名前は、ル・ルー、というそうだ。
  女の子が産まれたらと、もう決めていた名前らしい。」
 「ル・ルーか・・・・・・早く会いたいな。」
 「そうだな、なんとしても暇をみつけて、会いにいこう。」
 
 アンドレは、冷たい風になびいたオスカルの髪を見て、思った。

 その子に、「おじさま」とよばれる日が、いつか来るだろうか。

 アンドレは、雪化粧した屋敷への道を、愛しい人の足下に気遣いながら、
 ゆっくり、歩いていった。