鏡よ、鏡  若葉編 2

★★アニルール!★★


 お作法。音楽。刺繍。ダンス。乗馬。会話。このへんは貴族のお姫さんはやっとるらしいな。
 地理歴史、文法、5ヶ国語・・・これもかろーじて許せるけ(青筋)。
 帝王学、兵法、基礎医学、経済学、ディベート(相手を言い負かす方法だべ)、射撃・・・ってなんだ!なんでそんなもんまで習う必要あるんだ!
 「何でも知っているにこしたことはないのだ」
 簡単に言うな!医学のほかは悪知恵が学問になったよーなもんだべ。
 「その悪知恵でおまえをつぶそうとする者たちから、身を守れずにどうする・・・おお、もちろん母もアンドレもおまえを守る。おまえと王太子殿下が手を取ってらくらくと歩けるよう道をつくり、国を富ませておいてやる。しかし!いつまでもあると思うな親と若さ」
 だから、王太子と手を取り合う気はないって。
 あっちは逃げようとしてはとっつかまった。屋敷は水も漏らさぬ警備体制で、スキだらけなようで、実は蟻の這い出る隙もなかった。
 いくら王妃さまの大親友だって、王族でもねえ伯爵家から王太子妃を出そうってのはそーとー無理があるべ。力で因習を引っ込めようってんだからオスカルもじゅーぶんツメを砥いでかかってるだよ。
 噂だがオスカルは今までいっぺんも王妃さまに「こうしてくんなせ」と要求したこたねーそうだ。何をどう丸めこむんだか王妃さまの方でニッコリして、オスカルの思惑どおりにご発言なさるんだと。
 あっちのことはまだ公にはなってねえが、なったら最後こんどばかりは反対派も必死の妨害をするべってんで、ジャルジェの一族は寝たふりこきながらジリジリと備えをしとると。
 あっちは蜘蛛の巣にとっつかまった気がした。いたる所にはりめぐらされた細い糸が網になって、引っかかったもんは逃げられねえ。網のどまん中にはこの屋敷があるけ。
 「おまえの世話をする、ディアンヌ・ド・ソワソン。ラサール、フランソワ、ジャン、ピエールと・・・みそっかすのアラン」
 オスカルの親衛隊だべ。世話じゃなくて監視するべよ。目つきがちごーとる。ジャルジェの家にはこんなのがどんくらいいるんだか。
 「兄さん、ちゃんと顔をお見せしなきゃ」
 ディアンヌがドスのきいた声で言うと、みそっかすさんが恥ずかしそうにあっちを見て赤くなった。なんかとっても内気そうな人だ。
 アラン・ド・ソワソン。異常気象、もとい、異常に気が小さい。妹のディアンヌがいないとろくに話も出来ず、手芸や園芸が趣味なのでよくオ○マと間違われる。ディアンヌはしっかりもので兄を侮辱した男の顎に一発お見舞いして砕いたという怪力の持ち主。アランはだが、本気になれば一流の使い手なのだ・・・ってのがオスカルの説明だべ。
 「妹と性格が逆なら将軍にもなれただろうが・・・。あの隊は貧しい育ちで、食事を家族のために持って帰るクセがどうしても抜けない。テイクアウト用の料理を別に用意してやることを忘れるな」
 やさしいひとたちだべ。あっちもここのお料理を村の衆に食べさしてやりて。
 いかにいます、父さん母さん。ツツガナキヤ、ジルたち。
 もしあっちが脱走に成功しても、ジルんとこ逃げ込んだらすぐ見つかって引き離されるだか。ジャンヌとニコラスだって庇いきれやしめー。ああ、あっちはどうしたらいいだ。

 さて、これはあとから聞いた話だが・・・。
 「アニルールは泣いとった。貴族の家なんぞ行きたくなかっただ。たすけるべ」
 「いっしょに行くべよ、みんなで行くべ」
 「パリはどえりゃー都会じゃっつーのー、おら村から出んの初めてだ!」
 ジルを囲んであっちの幼馴染どもは、ほとんど遠足のノリになってた。
 「みんな一緒はだめじゃ。ポールは山羊の世話がある。マディはおふくろが身重じゃけん、家をはなれちゃなんねえ。トワンはじっちゃの荷はこびを手伝うだ・・・アニルールはおらがたすけに行くべ。みんなして押しかけちゃー、百姓一揆とまちがわれるべ」
 しぶしぶ説得されたみなは、パンだのおまもりだのなけなしの小遣いだのを持ち寄ってくれたそうだ。
 ジルは粉屋の夫婦が止めるのもきかず、司祭の家でちょろまかした地図をたよりにベルサイユへ旅立った。
 からだが弱くて、あっちら元気もんのあとをよたよたついて歩いとったジルだが、いつのまにか丈夫になって。
 「文句があったらベルサイユへ行けばいいべ!みなに迷惑はかけらんねえ。こいはオラたちの問題じゃ。オラの心のひとアニルールに勝手な手出しさせねーべ!」
 意気込んで急いどったが、心細く野宿しとるとこをクマに襲われた。
 ずっとつけられてたんだ。よっく見ると人間だったそうだが、でかい身体にものすごくおっかねえ刀傷の男がいきなりジルを担ぎ上げただ。
 「ご無礼!」
 どうあがいてもほそっこいジルの手におえる相手じゃなかった。隣のクマザサ村から出てきたよーな、ジェローデルつう男と部下ども。
 あわれジルはねむり薬をかがされて馬車におしこまれ、荷物みたいに運ばれていった。

 ディアンヌ隊は勉強に疲れたあっちのために木蔭にブランコを作ってくれた。
 ばっちゃんたちのさし入れのお菓子を、とーちゃんが持ってきてくれた。
 「とーちゃんもあっちを王妃にしたいだか」
 「おれはアニルールがしあわせになってくれればいいと思うだけだよ」
 「村で農家の嫁さんになるんがしあわせだや」
 「そうか。好きな子がいるのか」
 とーちゃんはおっとりした顔でのんきに空を見上げとる。なんとかしてやろうと言いはしねえが、なぜだかあっちの嫌なことはしねえと思えるひとだ。
 オスカルの酒や食べ物を毒見して死にかけたり、オスカルとふたりで何人も叩き斬ったりしてるっつーが、あっちにはものしずかなふつうのおやじだ。ついでん男前だ。
 こん人のためにオスカルは結婚しねえんだろうか。

 さて、さらわれたジルはヤミにほーむられるかと思いきや・・・。
 こっそり馬車から降ろされ、袋詰にされて、長い地下道だか何だかを運ばれてった。人食い鬼や山賊にしちゃー男どもの態度は整然としてて、手荒い扱いはされんかったが、ジルはなんしろわけもわからず暴れたと。
 袋から出された時に脱兎のごとく逃げようとしたが、まあ無理だわな。
 「はなせッ!オラなんか喰ってもまずいど、このクマ野郎!そいともおめーヘンタイかっ!」
 「お静かに殿下!両陛下の御前でございます」
 「お?おっかさま・・・」
 「ルイ・ジョゼフ!」
 ジルは目を白黒させた。この天然○ケは、たまーにおしのびで訪ねて来るきれーな女がほんとうのオフクロさまで、“王后陛下”ちう仕事をしていることは今まですっかりさっぱり忘却しとったのじゃ。粉屋の夫婦はつまりジルにとってのジャンヌとニコラスで。初対面の大男が国王陛下ちうて、実のとっつぁんだってことも。
 「おおジョゼフ、大きくなって、丈夫になって・・・会いたかった・・・よよよ」
 そこはベルサイユ宮の奥まった隠し部屋だったと。

 ふたたび後のオスカルの説明によると・・・。
 王太子ルイ・ジョゼフ・グザビエさまはお体が弱かった。医者どもはご成長が難しいと言いおった。
 なげき悲しむ国王夫妻にオスカルは提案した(悪知恵さ吹っ込んだんだべ)。わが領地にすばらしく環境のよい里がございます。隠密裡にお預かりいたしましょう(こげなこと言って王子が死んだらどうするつもりだって、オスカルんこった、何くわぬ顔で替え玉をたてたべ・・・とあっちは思うね)。
 なにしろ王妃さまん主席侍女はばっちゃんだべ。近衛隊の総司令官はじっちゃんだ。口封じにはとーちゃんが・・・秘密は奇跡的に守られ、王子さまは十年間、粉屋のジルとして育ったちうわけだ。その間、ベルサイユでは替え玉殿下が使われた。おタク部屋には“病弱”つうふれこみでジルの人形が座っとったと。
 誕生から死まで臣下の眼にさらされる王族にそげなこた不可能なはずだよ。それを可能にしたんがオスカルとオルレアン公爵の、キツネと古ダヌキの化かしあいだとさ。
 王子をひとりひとり葬って(せすじがさぶいよあっちは)、お世継ぎが絶えたとき、ジャルジェ家は私兵とともにオルレアン公の下に馳せ参じましょうとでも言っただか。ついでに蕩ける秋波でも送って、公爵さまのウシロ暗い弱みをがっきと掴んだか。オスカルはその辺は笑ってはぐらかしたけんど。公爵さまはおタク部屋に確かに王太子がいるとそれとなく吹聴して歩いた。
 気の毒に(?)公爵さま、目算が狂ったよ。あっちがジルと・・・王太子と恋仲になったもんだけ。絵に描いたようななりゆきにオスカルはさっさと公爵を見切った(そもそもいずれは片づける気だっち)。王家をのっとるより、外戚になって取り込むのがラクだべと思っただ。ああ、こげにオスカルのする事をすいすい理解できるあっちは、ち、血を引いているだかっ!?どよよーん・・・

 ・・・あっちが王太子殿下に拝謁する前の日、公爵夫人が原因不明の高熱にお倒れになって、かたちばかり見舞った公爵さまもひでー熱が出てぶっ倒れなさった。
 じゃからその頃オルレアン公爵家はアタマのないハリボテ状態だったとよ。

 「いいからアニルール。機嫌をなおして、宮殿見物だと思え。おれも行くから」
 いやだとゴネるあっちにとーちゃんがそっと言った。
 オスカルに対して、わめきてーようなイライラやフンマンが、この声を聞くとふしぎにすーっと小さくなるだ。
 「ベルサイユは広いぞ。迷子になるな」
 「観光こーすABCとか分かれるくれー広いだか。とーちゃんガイドが出来るだか」
 「ああ。キンキラで目が回るから、こういう服でも恥ずかしくないんだ。胸を張れ。『あなたオスカルさまの何なの!』なんて言われても笑ってろ。扇を投げつけたりしちゃいけないぞ」
 とーちゃん、なんか、慣れとんな・・・じゃじゃ馬のあつかいに。
 浅緑のどれすをやっとこさと着て出てったあっちに、屋敷中がざわめいたみてーだ。
 「美しくできたではないか」
 軍服姿の“母上”がニッと笑った。

 ベルサイユは、まったく人間の住むトコじゃねえようなお城だ。あんな部屋にずっと住んどったらおつむをやられるべ。まったく、引き合わされた王子を見てはじめは幻覚かと思うたよ。 
 王太子のジルとジャルジェ嬢のあっちは声も出んかった。ピカピカの窮屈な服着せられてたけんど、見まちがうはずもねえ。次のしゅんかん、駆けよって手を取りあった。うっ、赤面。
 ぺかぺかの王宮の一室が、とつぜんネンネコ村のあぜ道に変わったべ。
 「オラさの家、ベルサイユだっつーのすっかり忘れてたべ。会いたかったど、アニルールー!どえりゃーきれーで、オラほれなおしたど!それにあの軍人さん、よう見っとおめにそっくりだの。カッコええべー!ありゃおめのあにさんか?」
 「・・・おっ母じゃ。性格悪いんだど。ジル、おめーこそフロさ入るとこげにじょーひんな顔しとったんか!おめーの母さまこそ、ぽちゃぽちゃしてきっれーだー!あっちをヨメとしてみとめてくんさるかのー」
 ジルはちっと困った顔をした。赤くなったほっぺたもかわいいやっちゃ。
 「おらんち、粉屋でのうて王様屋だったけ。畑もねえしヤギもおらん・・・そんでもおらと一緒んなってくれっか、アニルール」
 「・・・畑はつくりゃいい。でっけえ庭があるべ。ヤギは金ためて買うべ。あっちはジルとならどこでん行くべよ」
 ジルのルイ・ジョゼフはおっきな目を輝かしてあっちにキスしたとよ。
 「おっかさまレーヌ、オラ・・・ぼくの選んだひとを見てください!」
 ジルの母上、あっちの未来の姑さまは、ハプスブルグ家のお姫さまだべ。早死にするって言われたジルがげんきになって帰ってきたんで舞い上がっちまって、何があってもコロコロお笑いなさるばかり。お・よ・そ、政略だの計算だのに疎いお方だ。しきたりをぶち壊すのもけっこーお好きだ。国王さまとふたりで上機嫌だべ。
 「まあ、そうね。わたくしはさいわい陛下とうまが合いましたけれど、見ず知らずの姫を迎えてジョゼフが味気なく思うよりは・・・オスカルの縁続きのお嬢さんなら、安心ですわ、ねえ陛下」
 オスカルは片膝をつき、三回、丁重にお断り申し上げたべ。まー、見えすいたもここに極まるそらぞらしさだけんど、衷心から言ってるように聞こえる演技力はアカデミー賞もんだべ。そばでうやうやしく無表情を決めこむとーちゃん、なんもかも呑み込んでたんか。あっちは震えがとまんなかった。
 こうなりゃ王族の後ろ楯もいらん。王太子自身があっちでなきゃいやだと名指した・・・お断りしたにも関わらず、国王夫妻がぜひにと望まれた・・・ってことになるべ。
 深々とおじぎした頭を上げて、ジャルジェの氷姫がさりげなくあたりを睥睨したべ。
 決まりじゃ。母上、そのほほえみ、優雅でやんす。

 その後すったもんだはあったそうだべ。熱が引いたときにゃオルレアン公爵は引退させられて、謀反のうたがいですみやかに遠い領地へ押し込められなさったとよ。オスカル(たぶんとーちゃんも)はかなり忙しくしてたはずが、あっちらにはそげなことちらとも気取らせんかった。
 あっちとジルは婚約した。ふたりとも田舎ぐらしが抜けず、ま、公式行事だけは出るけんど、トリアノンのそばでベコとヤギとアヒルを飼うことにしただ。
 この『東宮御所』に粉ひき小屋と畑をつくり、とりあえずパンとチーズを作る。ジルとあっちのいなかパンを食って、王さまと王妃さまは太っちまわれたべ。園芸の好きなアランは大喜び。「隅っこにお花とハーブを植えてもいいでしょうか」ときた。いずれここは明るい農村だべ。
 好きになさいませとオスカルは言うた。眼が爛々と光った。
 「責任からの逃避?わたしへの反発?・・・まあ好きなだけお遊びなさい。傀儡でいるのが腹立たしくばわれらを追い落とし、わたしの築いたものより更に高きを望まれるがよい。わたしは麦を刈るすべを知らぬが、この国はなるほど農業に向いている。おふたりの大望が成る日を、アンドレとふたり隠居して、影ながら拝するのもまたしあわせでございます」
 くっそー余裕かましとーな。“かいらい”だと、はっきり言うかー?!今はまだかなわねえが、いつかわっ!
 あっちとジルは示し合わせてディアンヌ隊や近衛のジェローデル(このおっさん顔はこええが情にモロイ)を涙で篭絡し、宮殿を抜け出してネンネコの村祭りに帰ったべ。
 「おっ父おっ母、みなん衆〜!オラたちこんやくしただー!」
 じ、ジル、そげな大声で・・・うれしー・・・ぽっ。
 「おおーっ、なんか知らねがよう帰った、めでてー」
 「式には村中で来てくんなせ!!」
 あっちらは小鳥みてーに飛び回っただ。ハラハラしとった粉屋のおじさん夫妻とうちの母さん父さんも、しまいにカタイことど〜でもよくなって浮かれ出しただ。
 広場でみんなで踊ったブーレ、ベルサイユでもはやらせるべ。
 オスカルは柳眉を逆立てたが、あっちは味方をあとふたり確保しとった。大ばあちゃんとばっちゃんだ。とーちゃんとはまた別の意味でオスカルの“聖域”だや。
 こん次は酒好きの国王夫妻をおしのびでぶどう祭りにおつれするべと計画してるだ。

 闘志を燃やすあっちらを尻目に、相変わらずとーちゃんはものしずかに控えとった。殿下としあわせにおなりって言ってくれただが、理性と感情は別らしい。ジルに言わせるとあんひとの目は「おれの娘にいっちょまいにイロケ出しゃーがってこのコセガレが、むすめ粗末にしてみー、そっ首へし折ってみじん切りにして狼に食わすぞ」と言ってるそーだ?
 と、とーちゃん・・・じぶんのこと棚に上げてねーか?ジルがおびえるだよ、しずまりたまへ。
 ま、こん人はじぶんの血を王家に混ぜたいなんぞちょろっとも思わんかったにちげーねえ。案外、田舎にひっこんでオスカルとのんべり暮らしてーのかも。
 まだまだずっと先のことだけんど・・・王家や貴族なんぞなくってもいい世界ってのはないもんだろか。そうなりゃ、とーちゃん、惚れたオスカルと夫婦になれっぞ。
 なあジルよ。ちっと考えてみるべ?
 「アニルールが15でお子をうむと、30前にマゴが見られる。楽しみだぞこれは」
 オスカルの目がまたアンドレに「わたしとおまえの孫」と言うた。
 とーちゃんの黒い目がやさしげにそれを受けた。かあいくてたまんないおなごを見る時の目じゃ。
 ああっ、人がたまには親こーこーなこと考えとるちうに、またそげに接近して。
 そうかそうか、世界はふたりのためにあるんか。おふたかた、いやまだまだマゴの話は早い!
 ジルはこげな熱っついキスはまだくれねーけんど、見とれオスカル!いつかはあっちらもっ!
 おお、新たな野望に胸がおどり、のぼせるだ!
 あっちはふたりをぱたぱたとあおぎ、ジルにじょーねつの恋文を書くべくそそくさと部屋をあとにした。

 おわり