人形たちの午後1



 《未来・・・それはサイドストーリーに残された最後の開拓地である(?)。
 これは、綿密な調査も準備もまったく行っていない科学的考証のほとんどない物語である。
 “レプリカント”はクローン人間をサイボーグ化したもの、くらいのつもりだが、18世紀に死んだ人の記憶まで再生した方法は・・・作者に問わないでほしい(笑)。
 なおSFの世界では珍しくないのでこういうコメディを書いてしまったが、現実社会でのクローン技術について作者が感じることはまた、別である。》


 「髪を切ったのか、ジェローデル少佐。でもなぜ半分ピンクなんだ」
 タイラギ社。5重のセキュリティに護られたVIP専用ラボで、作動したスーパーレプリカント『オスカル21』がぼそぼそと言った。
 「やた」
 覗きこんでいた青年がほほえんだ。
 「オスカル?ご・き・げ・ん、イカが?」
 「なんだその口のききようは。その身なりは。おまえそれでも将校か」
 「成功。成功よ。今度こそ覚醒してるもんねったらさ」
 「おい・・・ここはどこだ」
 「わたし、ジェローデル少佐ちがうよ。似てる?かれわたしのご先祖さまね。えと、こうね、マドモアゼル、わたしは先祖の日記を読んで、あなたにずっとあこがれておりました。んで、いっしょけんめにあなたのDNAを探して、やっと髪の毛と指紋みつけました。肖像画もみつけました。わたしのコトバ、これでわかるか?」
 「やめんか・・・頭痛がする」
 「すこしのがまん。シリウス植民地の最近の暴動の原因はなんですか?」
 「・・・地球産のドーナツが品切れになったことか?」
 「よくできまシタ。あなたの脳に現代の知識も注入してるね。それ少しずつわかてくるから。ぼくの名まえ、クレメンスよ。お会いできて、この幸せをわかっていただけるでしょうか、うつくしいアナタ」
 そのとき自分のからだを覆っているのがスケスケのうす絹一枚であることにやっと気づいたオスカルが悲鳴をあげた。
 「いや・・・っ!あ、あっち行って!!」
 数百年後のジェローデル家の青年は、騒ぐレプリカントにきょとんとした。
 「はだか、恥ずかしですか?そないにキレイなに・・・」
 「ばか野郎!見るなっ」
 うなりをたててくまさんのクロノメータが飛んできた。青年は命からがら手近の白衣を投げ渡し、卓上翻訳機に『ばか野郎』を検索させた。
 クレメンスはべつにパーではない。ごく普通にしゃべっているのだが、もはやその言葉はオスカルの古典フランス語とは大きく隔たっている。クレメンスがこれでも苦労して勉強した古典語と現代語が混ざり合って、オスカルにはすっとぼけたしゃべり方に聞こえるのである。
 「奥ゆかしね。いまどきハダカそないに恥ずかしがる女性、わたしお初に見ました。それにチョーきれい。ご先祖が日記でホメて、ほめて、ほめむしったの、わかるあります」
 “ほめちぎった”と言いたいのである。
 オスカルはできれば膝から下も覆えるものはないかともじもじした。
 「23世紀だと。ジェローデルの子孫だと?」
 あの少佐なら、上官をあやしげな白衣一枚で座らせておいたりしないだろうに。
 「ヴィクトール・クレマン・ド・ジェローデル。記憶か?日記ではあなたに求婚したとありますです。昔のひと、恋は一世一代ね。このヒトあなたを超新星クラスに愛してたよ。けこ“フデまめさん”で毎日あなたのこと日記に書いて、死ぬまで書いて、わたし鈍感しました」
 「どんかん・・・?」
 「しつれ、感動しました」
 オスカルは青年をサファイアの瞳でまじまじと見た。
 長身だが立ち居に軍人らしい所は全くないし、やけによくしゃべるし、とんでもない色に髪を染め分けている。片耳には妙な飾りを光らせ、殺風景なうさんくさいこの部屋にふさわしい機能一点張りの服装をしている。しかし目が、声が、ジェローデル少佐にそっくりである。かれはこんな人なつこい笑い方はしなかったが。
 「オスカル、立って」
 反射的に従いそうになって、オスカルははだしなのを気にした。
 「いやだ。靴くらいはかせろ」
 クレメンスはけげんそうな顔をした。
 「オスカル、立て。細部動作点検」
 「いやだと言ってるだろう」
 頭の中がビン、としびれた。
 立って、歩いたり軽く回転したり、手や指の関節を曲げたり、このドクター・Gに見せなければ。
 こんな格好で。いやだ。服がちゃんとしててもいやだ。なんだこの頭痛は。
 台の上の美女は従わず、クレメンスは明らかに動揺した。
 「では動かなくていいよ。ちょい、再検査・・・」
 何の仕掛けか、天井からソフトな金属のアームが降りてきてオスカルを仰向けに寝かそうとした。同時に、台の側面からしなやかなベルトが手足を固定しようと伸ばされる。
 「無礼者」
 からくりをこわがるよりも、虜囚の扱いに腹を立てる性格である。
 自分でも驚いたが、皮よりも頑丈そうなベルトは力を入れるとぷつんと切れた。頭上のアームは払いのけると大袈裟に曲がって火花をとばした。
 「ああ、オスカル。作動凍結!止まれ!モノを壊さんといておくれやす」
 「おまえ、わたしに何をした」
 一跳びでつかまえた。我ながら素早いと思った。
 止まれと言われて、全身が一瞬硬直したが、こん畜生を問いたださないでいられるものか。意識の隅に奇妙なサイコンが現れた。初めて見る赤いその印が『戦闘モード・全機能』を表すことをオスカルはなぜか理解できた。
 「力入れるよくない。殺人になるよ。そのね、あなた家政婦やらダンサーやらの雛型に乗っけるとどしてもゴネるで、さいごの手段でアブナと思うたけど・・・戦闘用のいっちゃん高性能のやつ使ったよ。やっぱアブナかったね。でもなにゆえ、わたしの命令きかないか?」
 『オスカル21』はT.レックスに匹敵するたおやかな腕をゆるめた(戦闘モードがオフになった)。
 「准将が少佐ごときの命令に従う道理があるか」
 「ぼく少佐ないちゅーに。声紋認識!」
 「・・・」
 ナノセコンド単位で改造脳が応答する。確認・更に網膜走査完了と。
 「あなたは創造主だ。ところがそれ以前に声も目もわたしの知ってるジェローデル少佐にそっくりなんだ。わたしにはそちらが優先する」
 「あれま・・・」
 クレメンスは少なくとも3通りの方法で忠実な室内コンピュータにオスカルの処分を命じることができた。戦闘用レプリカントを生み出すラボには、それを破壊する用意もされているのだ。
 しかし。
 「マドモアゼル。降参ね。命令きけ、言いません。それ法律違反。社則違反。だからわかるね、ばれたらあなたとぼく、クビ飛ぶよ。おとなしするよろし」
 どんなに精密に移植された記憶を持っていようと、レプリカントは人間ではない。その脳の一部は生体コンピュータであり、特に戦闘用のボディは人間型の兵器である。ゆえに不良品のチェックはそこらの娯楽用の比ではない。警視庁の安物ポリス・ロボットを束にしてけしかけても飛び道具を持ったタイラギ社の戦闘用レプリカント一体に及ばないとされ、そのたった一体が狂って街へ出たら・・・。
 狂わない。戦闘用は声紋登録された人間に完全に服従する。コンマのうしろのゼロの数は問題ではない。安全性100%以外はすべて同じ運命、廃棄処分である。大衆のフランケンシュタイン・コンプレックスがそれを要求するのだ。
 「狂っちゃいけないね。オスカル。今のあなた唄いながら5分でバスティーユ落とせるよ。それ、しない、約束する・・・えっと、チカウことできますか。ぼくそれ思いませんが、ぼくの命令きかないあなた大きな大きな欠陥品言われてもしょがないです。狂ったおウマさん、ワンワンさん、あなたがた射殺してました。アワレけどアブナいゆえ。今のあなたのアブナさワンワンどころちゃう。わかるね。フランス軍人チカエるね」
 「うたいながら・・・5分で・・・陥とせるだと・・・」
【★唄えるかどうかはともかく、シュミレートしてみよう。レプリカントは脳の一部が生体コンピュータに改造され、タイプに応じた膨大なデータを蓄積している。異物を移植しているわけではないので、発達した自分の神経網に違和感はない。本来の脳の指令で改造脳は目覚め、戦闘モードに入ったオスカルには18世紀の弾丸など視認できる。動きは加速され、しかし増強された肉体はそれに耐える。単純にロープ一本で城壁は越えられるし、ロープなしで豹のように足がかりを飛び上がっていくことも可能だろう。仮に弾が命中しても再生力がおそろしく高いのでたちまち体外へ押し出され、傷口はふさがる。砲撃はセンサー細胞が感知して直撃コースから飛びのかせる。城壁をクリアすれば普通の人間が相手となり、“かまいたち”みたいなものだ。もともと恵まれた運動能力に加え、格闘技データが最適な動きの指針になる。相手は気づくのと殴られて昏倒するのが同時だろう。もちろん手刀一閃、首を飛ばすこともできようが、オスカルは無益な殺生はしない。守備兵はわずか114名。あとは、司令官を生け捕りにすればいいだけである・・・】

 ドクター・クレメンス・Gは悄然とした美しいレプリカントを自宅に伴って帰った。露出度の高い女性の服装はいやがるので、古風な燕尾服をアレンジした男物の白いスーツを着せた。波打つ華やかな金髪と肩をやや引くようにして長い脚を軍隊式に踏み出す歩き方はたちまち女子社員の目を釘付けにした。新型の試作品かしら。ゴーセイよ。ショールームにはいつ出るの?でも副社長の態度がちがう。“原型”の人間かしら。なんだか・・・そう、“ウヤウヤシイ”って言うんじゃない、あれ。
 人工光がほのかなたそがれの時間帯に変わっていく。
 最も速い乗り物は馬だった時代の記憶と、23世紀の基礎データをあわせもったオスカルはエアカーの中でも美しい人形のように口をきかなかった。
 「お疲れね、オスカル。くつろぐよろし。あなたの部屋も、用意してましたゆえ」
 ひとりで住むには広すぎる家に、クレメンスはロボットの執事と小間使を相手に住んでいた。
 「天然葡萄のワインでございます。ほかにお好みがございましたら、なんなりとお申し付け下さいませ」
 流暢な古典語を話す執事は決して人間と間違うことのないようにデザインされた顔に、親しみやすい微笑に似たものをちょっと浮かべた。
 心地よい執事の声に似合った、ゆったりと落ち着いた色調。清潔で機能的で、ロココの華美はないがどこかに遊び心の無駄を持たせた住居。
 たとえば本物そっくりのロウソクの灯火がオスカルにはなつかしい。
 近づこうとして、ソファに座っているじぶんの姿にぎょっとした。手元の本にものうい視線を落とし、物音にふりむこうともしない。目をこらすと周りを微妙な光のフレームが囲んでいる。
 「等身大のホログラム・・・」
 「あたり。あなたの肖像画からつくった。こんな絵ですね」
 クレメンスがリセットすると人影は一瞬ブレて、おぼえのあるポーズをとった。
 「じっとしてるツマラナい、ゆっくり動くプログラム入れたよ。ランダムに、本読んだり、髪の毛さわったり、ちいさいアクビもするよ。そのあと横になってうたたねもしてるね。・・・いつもなんだか悲しそうなは修正してない。ま、じつぶつのあなた方が百倍もキレイ」
 “おまえの方がずっと美人”
 そう言ったのは誰だったろう。
 7月14日バスティーユ。晴れた空に白旗が見えて・・・あれが掲げられるまでに何人死んだことか。
 「ジェローデル、の子孫のドクター・クレメンス・・・。タイラギの副社長にしてわたしの創造主どの」
 「長いね」
 「欠陥品はすみやかに廃棄するようおすすめする」
 「なぜ」
 「何のつもりで造ったか知らないが、オスカルは非常に迷惑である。死人の記憶を無断で人形に移植するとは何という時代か。この身は造り物でも意識はオスカルでな、わたしはおまえに服従しないし、出来るならその無神経な墓荒らしの首をねじ切ってやりたいと思っている。危険だぞ」
 「ダイナミクね。とても激しい個性。ここまで人格の再現する予想つきませなんだ。スマナく思うです。あの・・・怒って殺してもよろしよ。私おくさんほしかたですよ。あなたを愛してます、オスカル」
 オスカルはその場で脱力した。恨むぞ、ジェローデル。
 「マダム。お風呂もお召しかえも、準備はととのってございます」
 かわいらしい若い娘の声をしたロボットが奥のドアから控えめに呼びかけた。
 「人形の世話を人形にさせるとはな」
 「かれら、ぼくの愛するひと女主人とおもてます。あなた人形ありません。・・・ここで私と生きるいやか?」