人形たちの午後 10

 ☆ ストーム ☆


 「おまえ、どこへ行ってた!」
 ずぶぬれになり、思ったより大きい荷物をかかえて駈け戻ったオスカルは、入り口から飛び出したアンドレと鉢合わせた。
 「怪我人だ、わけはあとで話す・・・」
 担ぎこみ、顔を見たふたりは絶句した。
 乱れた巻き毛に半ばかくれて、まぶたに小さくくっきりと“T”の刻印があった。タイラギの頭文字。レプリカントの印。まぶたと手の甲。隠しづらく、手はともかく眼の上の印は消すのが最もむずかしい。
 病院では診てくれない。故障したロボットの修理施設でないと。
 「そんな・・・機械じゃないんだぞ」
 冷え切った身体をあたため、マッサージをした。はたちにもならないだろう、子どもではないがまだ少年の身体つき。ひどく痩せて青白く、折檻の跡が無数にある。
 「しっかりしろ、おい」
 ブランデーを含ませてやると長い睫毛がぴくぴくと動き、やがてたよりなく持ち上がった。
 瞳は美しい金茶色、と思うまもなく細い腕が伸びてオスカルの首にからみついた。
 「!!!?」
 唇をもう少しで奪われるところだった。キスをそらされた少年はしかし悩ましい目でオスカルを見ながら首筋にすりよってくる。
 「こっ、これ!おまえ何をしている!」
 「お客さん・・・きれい」
 「やめんか」
 アンドレがひょいと引き離すと、今度はそっちに抱きついてくる。
 「おまえなあ!」
 「タコみたいなやつ。正気に戻れよ」
 慌てるふたりの力に勝てず、くずれおちた。衰弱しきっていた。
 あたたかいオートミールからはじめて、飢えた胃に滋養を流し込ませた。傷は出来る限り手当てしてやった。
 白に近い淡い金髪。ミルク色の完璧になめらかな肌。愛らしいくちびる、しなやかな肢体。
 ジョフランは美しい少年だった。
 手の平に製造番号と機種名が浮かび上がった。オスカルとアンドレには施されていないが、すべてのレプリカントに義務付けられたコード表示。“ジョフラン”は購入した主人がつけた愛称だという。
 治癒が早い。耐久性をもたせた設計というわけだ。
 「たすけていただいたお礼に」
 せっかく着せたねまきを脱ごうとする。
 「何してる」
 「ご遠慮はいりません。ぼくはこれでもスペシャルです。ご存分に・・・。どちらからお相手しますか?おふたり一緒でも大丈夫です。お好みをおっしゃってください」
 フェロモン。ピンクの吐息。とろけるような発声。誘惑の瞳。
 先に気づいたアンドレが手早く半分脱げたねまきをつくろわせた。
 「サー・・・ムシュー。ぼく女の子にもなれます」
 「い、いいからっ!」
 「でもぼくこれしか出来ないんです。お礼を・・・」
 ジョフランはいわゆる閨房型3S。スペシャル・セックス・サービス型だった。正式にはアドニスV型アンドロギュノスOp付き。世も末だ。
 本人いわく、
 「両性具有。戦闘用ほどではないけど相当お金がかかるので、あんまりいないタイプ。しかも自分は売られてから脳が発達してしまい、人間のえり好みをするようになって、きらわれた」という。
 「ほんとは“それ”しか考えない、よけいな自意識は持たない脳のはずなんですが、ぼくはなぜだか色んなことを考えるようになってしまって・・・。マダムとムシューはとてもおやさしいし、大好きだ・・・心をこめてよろこばせて差し上げたいとか、痛いことをしてぼくが泣くのを見て喜ぶ人はこわいからそばによりたくない、とか」

 「それである日主人がおまえなんかもういらないと言って。ぼくをこの島に置いて帰ってしまわれました」
 人形を捨てるように。
 オスカルは怒りにふるえた。
 はぐれレプリカント。都会ならすぐにも処理施設に送られるだろうが、島では野良犬のように許容された。拾われてはおもちゃにされ、逃げ出して折檻され、からだを売って食いつないだという。
 「でも、レプリカントは自営なんかしちゃいけないから、お金をくれる人もあまりいません」
 犬が、猿が、単独で芸をして見せても、何人がまともに金を払うだろうか。
 ともかくも回復するまで一室を与えたのだが。その発言はいちいちオスカルたちをあわてさせた。
 「おふたりは、どこか遠くから来られたんですか・・・?レプリカントに慣れてらっしゃらないようにおもいます。こんなおいしいものをいただかなくても機能はします」
 「性的なお悩みはありませんか?ぼくが何でもご相談にのりますが・・・」
 アンドレはアタフタした。半病人の子供の口からなんという事を!
 既にオスカルは赤くなって部屋から遁走した。あわてふためいてどこかにつまづき、食器をガチャガチャと落としている。
 「悩みなどないっ!おれは、おれはオスカルだけでじゅーぶんなんだ!」
 「それじゃもっともっと、おくさまとの愛を華麗に展開させるワザを・・・」
 「ジョフラン!いいんだ!そ、そんなことを言うもんじゃない、こっちの顔が赤くなる!」
 「申しわけありません。ムシュー。あの・・・たいへん失礼ですが特別な宗教を信じていらっしゃるんですか。差し支えなけば・・・キリスト教ですか?」
 「ああ」
 「了解しました・・・」
 ジョフランはさびしそうにうつむいた。
 キリスト教をまじめに信じている夫婦はまだいたんだ。脳に刻まれた予備データによると一夫一婦制を護りたがる傾向がある。ジョフランのようなのはお呼びでないのが建前だ。
 「せっかく、心からお仕えしたいと思える方たちに拾われたのに・・・」


  つづく

『同じくマスカレード様よりいただきもの

 “ぼく女の子にもなれます”
  

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