人形たちの午後4
「で・・・?」
副社長室。性懲りもなくよりそった黒髪と金髪のカップルはクレメンスの前にピンクの靄をふりまきつづけていた。動きやすい軽装にくるぶしまであるやわらかいラヴェンダー色のガウンをかけたオスカルはアンドレと並ぶと、非常に華奢にういういしく見えるのだった。
「ふたりで平凡な町屋生活をいとなみたく思ふ」
「ぼくの第一秘書のイスはお気に召さないと。生涯、安逸な生活を保証すると言っているのですよ」
「ご厚情感謝すれども、わがまなこでいとめづらしき未来のくさぐさを見聞し、わが腕で糧を得る覚悟ゆゑ。こたびは別れを告げに参った次第」
「別れって。いけません。あなたがたの18世紀の常識が通用するものじゃない。だいたい、貴族の職業軍人だったあなたに仕事が見つかるとお思いですか。その美貌だから芸能界や客商売が飛びつくでしょう、あなたに女優だの肌もあらわなモデルだのが勤まりますか(ぼく自身も反対です)。服でも料理でも、なにか作れますか。たいくつなデスクワークに耐えられますか。この時代に通用する専門知識がありますか。造っておいて言いたくないが」
オスカルは考えこんだ。。
「おれを万能型に造られたを、よもやお忘れかな、副社長」
どうも初めての気がしない恋敵同士の目が合った。かたや黒耀石※、こなたイヴニング・エメラルド。
「家事会計からエアカーの馭し方からロボットの修理・・・いっさひこの頭に入っておりますよ。昔とった杵柄、給仕でも庭仕事でも、オスカルとふたり口に糊するくらひはできやうもの、案じめさるな」
「アンドレ・・・おぬしまことにさやふなことが」
こらっ。さりげなく見せつけるな。
「贅沢はできずとも、いとしひこなたを路頭に迷はせはせぬよ」
やめろ。この歩く時代劇っ。
クレメンスはやはり、勝てなかった。
「・・・止めて止まるものではないか。では、生産者の責任として3ヶ月に一度、ラボで定期検診を行います。必ず来るように。この時代にあなたがたをほうり出すのは、羽根もはえないヒヨコと子別れする気分です。親心として口座に振り込んだささやかな金額だけは受けてください。正体がばれた時、私の首ですめばよいが、ヘタをすればわが社の命運はつきる。一万人単位で失業者が出ます。どうか心して、わが社もあなたがたも幸運であるように」
「あいつがずっと監視の目を光らせることは間違いない・・・この身のどこかに発信器でもつけたいと思っているだろう。わたしとおまえを消してしまえばそんな手間と心労を背負いこまずにすむものを」
アンドレはなにも言わなかった。やろうと思えばクレメンスにとって簡単なことだ。しかしできない。あの先祖のように。いけすかないやつだが・・・そもそも自分を造り与える処から狂ってる。オスカルに憑かれると男はみんなおかしくなるらしい。
「おまえには名がないのか」
クレメンスの命令だからと、オスカルのための衣裳やら小物やらを荷造りしていたメイドは問われてはきはきと答えた。
「私はタイラギ製ハウスキーパー・ミニ型DX、製造番号16でございます」
「いや、その・・・。世話になったな」
「もったいない。一睡もせずお嘆きになったあの日は私まで故障した気分でしたが、お元気になられてほんとによろしうございました」
オスカルはメイドの頭部をちょっと撫でた。
「マダムのお手の感触をただいま記憶いたしました。それはなぜだか私の回路を活性化いたします。お気をつけて。お帰りをお待ち申し上げます」
旅行に出るとでも言われているのか。反重力カートに手際よく積まれた荷物。このメイドに「いらない」とつき返すことがオスカルにはできなかった。
「さ・・・腹ごしらえをして、ねぐらをさがしに行こうか」
“ふたりで行きたいレストラン案内”を検索していたアンドレが、馬車ならぬレンタルエアカーの扉を開けて待っていた。
降ってわいた未来へ。
※正しくは『黒曜石』でしょうが、この表記も見たことあり。