人形たちの午後6
オスカルがやすらかに寝息をたてている。
その頭の下からそっと腕をぬいた。乱れた金髪を撫で、起こさないよう、足音をしのばせてキッチンへ。
便利なもんだ。明かりは勝手につくし、水晶みたいに澄んだ水がいつでもちょうどいい温度で飲める。
薪をつくり、殺した動物をさばき、ロウソクを節約して過ごした時代に生まれたのに。
コップを洗浄機に入れたとき、寝室で物音がした。
オスカルが呼んでいる。まるで、悲鳴のように。
あわてて戻ると、白い姿が床にくずおれていた。
「どうした!」
熱病のようにその身体がふるえていた。はだしのままで。
「行くな・・・置いていってはいやだ!・・・ひとりで行ってはいや!」
抱きあげた。しがみつかれるにまかせ、ベッドに腰をおろした。
悪夢におびえた子供のようだ。この、並の男など及びもつかない気丈な武家育ちが。
「おれはここにいるよ・・・何がこわい・・・?おまえを置いてどこにも行かないよ・・・」
抱きくるみ、あやすように囁きつづけると、ようやく腕がゆるんだ。肩にあたたかい涙を感じた。
「生きて・・・目は見えて・・・ここにいるのか。わたしのアンドレ。返事をして・・・」
「いるよ。目はおまえより見えるくらいだよ」
金髪がゆるゆると動いた。
「水を飲みに行ってた。おまえも何か飲め」
23世紀。なにもかも、“オリジナル”のおれたちが生きた時代とは違う。
人々の話し方が、生活のサイクルが。耳ざわりな人工の音の数々。魔法のような自動機械の静かなサービス。食べ物の味。無味無臭の水や空気。よそよそしい、ひらたい人工の光、闇さえもそっけない。
オスカルはおれより神経が鋭い。
おかしな夢もみるだろう。
「おばあちゃん秘伝のねむり酒。生の材料がないんで、同じ味には出来ないけど」
一口飲んで、オスカルは目を閉じた。
「ばあやの味がする」
ゆっくり飲み干し、また涙がその白い頬をつたった。
「水をもって、走ったんだ・・・」
グラスを持つ手がふるえだす。よくない。
「暑かった・・・こぼすまいと、そればかり思って・・・アンドレがほしがっていると・・・早く・・・それなのに・・・ま、間に合わなかった」
初めてではない。おれが消えたとふと思うと、オスカルは恐慌を起こす。おれが死んだとき(それじゃここにいるおれは何なのか、という問いはまあおいといて)、その後どんなにか辛かったらしい。この前は手で顔をおおい、白いひたいが割れるほど壁にぶつけて激しく泣いた。神話のニオベは石になっても泣きつづけたというが、じぶんもきっとそうだったろうと、とぎれとぎれにおれに訴えた。
また、いとしい瞳が涙にくもる。
なぐさめ、抱きしめるしか手はないのか。
おれは発想の転換を決めた。
抱きあげる、そこまでは同じ。
「おまえ!首筋にシミのコドモが出来てるぞ」
そんなものはないが、オスカルは一瞬しゃくりあげるのをやめた。
「髪に枝毛が一本あるぞ。ああ、おれのオスカルの大事な髪がっ」
その足でバスルームにかかえこんだ。ルームコンピュータが忠実に(18世紀人の目には)贅沢な湯舟を満たしはじめる。
「アンドレ・・・なに・・・なにを・・・?」
有無をいわさず、ねまきのままザブンだ。
「温熱効果!冷水シャワー!血行促進ツボマッサージ!バートリ伯爵夫人もほしがる海草エキスシャンプー!モンロー印のドロンコパック!中国五千年神秘の真珠の粉いり美白クリーム!」
通販のカタログで適当に取り寄せといたわけのわからん化粧品や美容法らしき単語だ。ロボットがそれらを必死にお盆に載せて運んでくる。
「アンド・・・つ、冷たい!」
氷水のシャワーをぶっかけた。ちょっとかわいそうに、ちぢみあがってしまった。
「寒いから抱いて、と言え!」
頭の中が白くなっているオスカルは怒りもせず、すなおに繰り返した。
「さ、さむいからだいて・・・あっ」
照れたら負けだ。オスカルにもはずかしがるヒマを与えず、ぬれてからだに貼りついていた色っぽい寝巻きを剥がし、押し倒したいのをこらえてキスだけにし、湯舟に、今度はふたりで飛びこんだ。20世紀後半以来のいかれた映画でしょっちゅうやってるシーン。
「・・・わたしをどうしようと」
「どーもこーも。キュッと締まったあなたのボディをあたためてさしあげます。発汗しましょう・・・ロウハイブツを出して、お肌を活性化させましょう・・・薔薇のお肌にシミはいりません。髪に栄養、もいすちゃあリンス(だっけ?)。亭主たるもの、妻の美貌に翳りが出るのは許せません。抵抗はやめろ、おまえはおれに惚れている」
出まかせを唱えながらおれはオスカルの輝く髪を景気よく洗った。
雪のような肌がほんのり湯にほてって、なにがなんだかわかってない顔がまた、いと人形たちの午後6
オスカルがやすらかに寝息をたてている。
その頭の下からそっと腕をぬいた。乱れた金髪を撫で、起こさないよう、足音をしのばせてキッチンへ。
便利なもんだ。明かりは勝手につくし、水晶みたいに澄んだ水がいつでもちょうどいい温度で飲める。
薪をつくり、殺した動物をさばき、ロウソクを節約して過ごした時代に生まれたのに。
コップを洗浄機に入れたとき、寝室で物音がした。
オスカルが呼んでいる。まるで、悲鳴のように。
あわてて戻ると、白い姿が床にくずおれていた。
「どうした!」
熱病のようにその身体がふるえていた。はだしのままで。
「行くな・・・置いていってはいやだ!・・・ひとりで行ってはいや!」
抱きあげた。しがみつかれるにまかせ、ベッドに腰をおろした。
悪夢におびえた子供のようだ。この、並の男など及びもつかない気丈な武家育ちが。
「おれはここにいるよ・・・何がこわい・・・?おまえを置いてどこにも行かないよ・・・」
抱きくるみ、あやすように囁きつづけると、ようやく腕がゆるんだ。肩にあたたかい涙を感じた。
「生きて・・・目は見えて・・・ここにいるのか。わたしのアンドレ。返事をして・・・」
「いるよ。目はおまえより見えるくらいだよ」
金髪がゆるゆると動いた。
「水を飲みに行ってた。おまえも何か飲め」
23世紀。なにもかも、“オリジナル”のおれたちが生きた時代とは違う。
人々の話し方が、生活のサイクルが。耳ざわりな人工の音の数々。魔法のような自動機械の静かなサービス。食べ物の味。無味無臭の水や空気。よそよそしい、ひらたい人工の光、闇さえもそっけない。
オスカルはおれより神経が鋭い。
おかしな夢もみるだろう。
「おばあちゃん秘伝のねむり酒。生の材料がないんで、同じ味には出来ないけど」
一口飲んで、オスカルは目を閉じた。
「ばあやの味がする」
ゆっくり飲み干し、また涙がその白い頬をつたった。
「水をもって、走ったんだ・・・」
グラスを持つ手がふるえだす。よくない。
「暑かった・・・こぼすまいと、そればかり思って・・・アンドレがほしがっていると・・・早く・・・それなのに・・・ま、間に合わなかった」
初めてではない。おれが消えたとふと思うと、オスカルは恐慌を起こす。おれが死んだとき(それじゃここにいるおれは何なのか、という問いはまあおいといて)、その後どんなにか辛かったらしい。この前は手で顔をおおい、白いひたいが割れるほど壁にぶつけて激しく泣いた。神話のニオベは石になっても泣きつづけたというが、じぶんもきっとそうだったろうと、とぎれとぎれにおれに訴えた。
また、いとしい瞳が涙にくもる。
なぐさめ、抱きしめるしか手はないのか。
おれは発想の転換を決めた。
抱きあげる、そこまでは同じ。
「おまえ!首筋にシミのコドモが出来てるぞ」
そんなものはないが、オスカルは一瞬しゃくりあげるのをやめた。
「髪に枝毛が一本あるぞ。ああ、おれのオスカルの大事な髪がっ」
その足でバスルームにかかえこんだ。ルームコンピュータが忠実に(18世紀人の目には)贅沢な湯舟を満たしはじめる。
「アンドレ・・・なに・・・なにを・・・?」
有無をいわさず、ねまきのままザブンだ。
「温熱効果!冷水シャワー!血行促進ツボマッサージ!バートリ伯爵夫人もほしがる海草エキスシャンプー!モンロー印のドロンコパック!中国五千年神秘の真珠の粉いり美白クリーム!」
通販のカタログで適当に取り寄せといたわけのわからん化粧品や美容法らしき単語だ。ロボットがそれらを必死にお盆に載せて運んでくる。
「アンド・・・つ、冷たい!」
氷水のシャワーをぶっかけた。ちょっとかわいそうに、ちぢみあがってしまった。
「寒いから抱いて、と言え!」
頭の中が白くなっているオスカルは怒りもせず、すなおに繰り返した。
「さ、さむいからだいて・・・あっ」
照れたら負けだ。オスカルにもはずかしがるヒマを与えず、ぬれてからだに貼りついていた色っぽい寝巻きを剥がし、押し倒したいのをこらえてキスだけにし、湯舟に、今度はふたりで飛びこんだ。20世紀後半以来のいかれた映画でしょっちゅうやってるシーン。
「・・・わたしをどうしようと」
「どーもこーも。キュッと締まったあなたのボディをあたためてさしあげます。発汗しましょう・・・ロウハイブツを出して、お肌を活性化させましょう・・・薔薇のお肌にシミはいりません。髪に栄養、もいすちゃあリンス(だっけ?)。亭主たるもの、妻の美貌に翳りが出るのは許せません。抵抗はやめろ、おまえはおれに惚れている」
出まかせを唱えながらおれはオスカルの輝く髪を景気よく洗った。
雪のような肌がほんのり湯にほてって、なにがなんだかわかってない顔がまた、いとおしい。その目がおれの手元を見て恐怖に見開かれた。
「こわくない。ただの泥のパックだよ・・・グロい色だけど」
「いやっ・・・きしょく悪いっ!」
「慣れれば気持ちイイと書いてある!シミをつくった罰だ!」
「わあああっ」
おれもはじめはその緑色のドロンコをオスカルの肌に塗るのはいやだったが、じたばたするのをおさえつけてるうちに何だかおもしろくなってきた。
「からだが疼くだろう」
「はなして・・・」
「とろけそうだろう・・・」
「く、くすぐるなっ」
「もだえているおまえは美しい・・・」
「暴れてるんだ!」
あ、元気が出たな。
ほうれん草のソースをかけた上等の絹ごし豆腐のようなオスカル。
いきなりその腕が首にからみついてきた。
たちまちおれも寝巻きごと緑のドロだらけ。青い目がまじかに妖しい。
「あなたの・・・ひとみは・・・ブルー・シャンペン・・・と。ふたりで緑いろの愛をはぐくもう(未来の言い回しはよくわからんがおぼえてしまった)」
オスカルは首をふり、くすくす、やわらかい声で笑った。
「泥を流して・・・それから」
ほほにういういしい薔薇色をはき、息だけでささやいた。
「明るくてはずかしい・・・」
☆☆たいへん申しわけありませんが、一部割愛します☆☆
白とピンクと金のかたまりをバスローブにくるみ、おやすみのキスをした。
「・・・」
手と顔以外、全身を長年軍服に包んできたこの美女は恥ずかしがりやだ。
これ見よがしに健康な肌をさらして平気なこの時代の女ども、この含羞の色気を見習え。
「こんどおれが消えたと思ったら・・・ドロンコパックと、明るくて恥ずかしい浴室でアンドレがしたことを思い出せ。おれはどこにも行ってない」
ぽっと、白桃の頬に紅がのぼる。
「うん・・・」
「緑色のものを見てコーフンしちゃだめだぞ」
「ばか」とオスカルはかわいい声でつぶやいた。おしい。その目がおれの手元を見て恐怖に見開かれた。
「こわくない。ただの泥のパックだよ・・・グロい色だけど」
「いやっ・・・きしょく悪いっ!」
「慣れれば気持ちイイと書いてある!シミをつくった罰だ!」
「わあああっ」
おれもはじめはその緑色のドロンコをオスカルの肌に塗るのはいやだったが、じたばたするのをおさえつけてるうちに何だかおもしろくなってきた。
「からだが疼くだろう」
「はなして・・・」
「とろけそうだろう・・・」
「く、くすぐるなっ」
「もだえているおまえは美しい・・・」
「暴れてるんだ!」
あ、元気が出たな。
ほうれん草のソースをかけた上等の絹ごし豆腐のようなオスカル。
いきなりその腕が首にからみついてきた。
たちまちおれも寝巻きごと緑のドロだらけ。青い目がまじかに妖しい。
「あなたの・・・ひとみは・・・ブルー・シャンペン・・・と。ふたりで緑いろの愛をはぐくもう(未来の言い回しはよくわからんがおぼえてしまった)」
オスカルは首をふり、くすくす、やわらかい声で笑った。
「泥を流して・・・それから」
ほほにういういしい薔薇色をはき、息だけでささやいた。
「明るくてはずかしい・・・」
☆☆たいへん申しわけありませんが、一部割愛します☆☆
白とピンクと金のかたまりをバスローブにくるみ、おやすみのキスをした。
「・・・」
手と顔以外、全身を長年軍服に包んできたこの美女は恥ずかしがりやだ。
これ見よがしに健康な肌をさらして平気なこの時代の女ども、この含羞の色気を見習え。
「こんどおれが消えたと思ったら・・・ドロンコパックと、明るくて恥ずかしい浴室でアンドレがしたことを思い出せ。おれはどこにも行ってない」
ぽっと、白桃の頬に紅がのぼる。
「うん・・・」
「緑色のものを見てコーフンしちゃだめだぞ」
「ばか」とオスカルはかわいい声でつぶやいた。