人形たちの午後 番外編
★★★悪夢★★★
よくアンドレと待ち合わせする広場の片隅で、そいつはいきなり声をかけてきた。
「ボンジュー、わ・た・し。ごきげんいかが?」
なぜだ・・・フランス衛兵隊の軍服を着たそいつはわたしと同じ顔をして、声も背格好も、たぶん話し方も、すべてわたしに瓜ふたつだった。
「はん。びっくりすることはないだろう。わたしはおまえさんの同類だよ」
「な、なん・・・」
「まさか自分ひとりがオスカルだと思ってたのか。笑わせる。見ろ」
そいつが指さす方から、金髪のふたごがやってくる・・・近衛連隊長の赤い軍服と、ふだんの白いシャツ姿。そして同じ顔の、わたしが。
反対側の角を曲がってくるのは礼装をつけた、しかし間違いなくわたし。
こんなばかな。いやになるほどそっくりな顔が4つも並んで、どれもあまり友好的ではなさそうな態度でわたしを取り囲んでいる。
「おまえの・・・わたしの・・・ややこしいな、わたしたちの、遺伝情報をおまえ、一番先に造られたから顔を立ててオスカルAとするか・・・ひとりだけに利用して捨てるのはもったいないと、あのクレメンスが思わないとでも?」
それなら貴様はオスカルBだ。それにCとDとEだ。まるで栄養素だ。
「・・・思う、だろう」
「“オスカル”シリーズを一個大隊こしらえて売り出そうと、タイラギなら考える」
「そんなことが許せるか」
わたし、C、D、Eが声を揃えて怒った。
わたしを除く4人のわたしが不敵な笑いを浮かべた。
「・・・で、われらはついさっき培養タンクをぶちこわし、メモリバンクを殲滅し、クレメンスをボコボコにして引き上げてきたのだ」
「よくやった」
5個の金髪の頭がそろってのけぞり、晴れやかに笑ったのを見た者は気味悪く思っただろう。
「このように気の合うわたしたちだがな、オスカルA」
「なにしろ髪の毛ひとすじ、欠けていないわたしたちなのに」
「不公平があるのだよ」
「わかるか、それがなんだか」
4人はジリジリと迫ってくる。なんだ・・・売られた喧嘩は買うが、理由がさっぱりわからない。
うしろで、誰かが何かを落とす音がした。
こぼれたオレンジがころがってきて、わたしたちはそっくりな動作でそれを拾い上げた。
わたしは駆けより、一瞬遅れて、オレンジを持った4人の複製たちがどっと襲ってきた。
「アンドレ!」
わたしの!
「アンドレ!!」
4人が斉唱した。
「会いたかった」
「わたしの夫」
「抱きしめて」
「もうはなれない」
こいつらに渡すものか!
わたしは茫然としているアンドレを引っぱったが、岩のように動かない。
それぞれに涙をうかべた4人の複製たちにもみくちゃにされ、とりすがられ、困り果てて・・・
「わたしのだ」
「ちがう、みんなのだ」
「順番だ」
「山分けだ」
いくらアンドレでも、わたし+4人のわたしをいっぺんにどう扱えるというのだ。
いとしいその首が、いきなり抱きついた誰かの手の中ですぽんと抜けた。
腕が、血も流さずに肩からとれた。
複製どもはバッカスの狂女のように、泣きながらわたしのアンドレを分解していく。
それなのに躰が動かない。たすけないと・・・アンドレが死んでしまう!
やめろ!やめろ!!やめてッ・・・
「・・・ル・・・オスカル!」
「・・・・・!」
のぞきこむ、黒い瞳が。やさしいおさななじみの顔が。心配そうに。
・・・夢か。
胸ははげしく動悸を打っている。汗をかいて、うなされていたらしい。
「らくに・・・オスカル。もう大丈夫だ」
額の汗を押さえてくれながら、あやすようにささやく、どこも傷ついていないアンドレ。
涙が止まってから、わたしは夢の話をした。
「それは・・・すごい話だな。おれが今までに聞いたなかで、いちばん恐ろしい話かもしれないよ」
アンドレはかすかに青ざめ、わたしの手をそっと握った。
「5人もオスカルがいて、それがみんな本物なら・・・おれはどうすればいい。5人とも愛しいと思う。バラバラにされても、かまいはしないが・・・もし、ひとりでも悲しいおもいをさせたら・・・病気にでもなったら・・・」
逆にもし、アンドレが5人いたら。
多い。家が狭くなる。3人ならちょっとうれしいかも・・・と思う自分を殴りつける。
なにを考えているのだ、そういう問題ではない!
しかし避けては通れない。タイラギに掛け合わなければ。
まさか先祖に恥じることはしていないだろうが。出方しだいで、クレメンスに覚悟をしてもらわねばなるまい。
こちらは一度死んでいる。惜しいものはなにもない。
わたしを造ったことを後悔するな。