人形たちの午後 番外編2

 ★紅の戦慄★


 「のぞくなよ」とオスカルが言った。
 覗きゃしないよ、風呂場なんか。
 気にならないと言えばうそだが。おれも男だし。
 「絶対だぞ。のぞいたら・・・」
 なにか罰を考えているが、どうやら思いつかないまま浴室に消えた。

 このところオスカルの肌はまた一段と磨き上げたようにつややかだ。
 白皙、とよく言われたが、もう少し甘やかに。白絹のぬくもり・・・象牙のなめらかさ・・・白牡丹の華やぎ・・・どれもものたりない。もうそれはオスカルの、おまえの肌の色、と言うしかない。
 髪もそうだ。この時代のカラーリング技術をもってしても、どうしても出せない天与の黄金の輝き。しかも手ざわりがしなやかで最高ときた。指への絡みぐあいまで知っているのはおれだけだからな。
 すなおに褒めた。前から美しいが、最近はおそろしいほどだと。
 ふざけてつけくわえた。何か秘密でもあるのかと。
 どうだろう。まっ正直なオスカルはミエミエの動揺ぶりで「なにもない」と。
 おまえ、ウソがヘタだなあ。
 お風呂が長くなったのは気づいていたよ。女の長風呂。
 美容体操とやらでもやってるのかな、くらいに思っていたのに。
 「のぞくな」なんて言うのは逆効果なんだぞ。のぼせて倒れてるのじゃなかろうな。

浴室にはうす紅いろの濛気がたちこめていた。
 湯舟のふちを朱に染まった細い手首がすうと動いた。
 ぞっとした。一瞬オスカルがケガしたのかと思った。
 はあ、と悩ましい息を吐いて裸身がうねった。なまめかしい妖魚のように。
 湯はまっ赤だった。まだ熱い鮮血を集めたような色に、肌の白さが、凄いほど。
 片膝を立て、両の腕(かいな)は奔放に開いて魅惑的な胸をなかば浮かせ、オスカルはのけぞるように湯気に蒸されていた。
 貴族の白い手がとろりと紅の湯をすくい、みずからに塗りつけた。頬に、いとしい喉に、耳をかすめて髪に・・・
 血のしたたりは無残なまでに肌を染めて壮絶な縞模様を描いた。
 紅をささなくても美しい薔薇色のくちびるが、紅玉の炎に彩られて開いた。蒼白いまぶたを半ば閉じたどこか淫蕩な表情で、オスカルはかわいらしい舌を見せて指先の血を舐めた。
 背筋を戦慄が走った。鮮血にまみれたウェヌス。血の池にたわむれる夜叉の女王。

 血は命の水なれば・・・
 永遠の若さと美貌を。六百人の処女の生き血をしぼって肌を浸した伯爵夫人の話は嘘じゃない。オスカルはかつてそのフランス版に遭遇して、あやうく毒牙に・・・かかってしまったというのか!
 必死に否定した。ひる日中に堂々と起きてるし、こないだはガーリックトーストを食べた。十字を切ってお祈りだってしてるぞ。
 悪魔の声がささやいた。力のある吸血鬼はそんなもの平気なんだ。意志が強ければ鏡にも映る。
 うそだ!十字架とニンニクまでは耐えられても、太陽には・・・
 愕然とした。タイラギの街を照らすのは太陽光じゃない!
 だったら、ここは魔物の天国だぞ。
 「オスカル!」
 声にならない悲鳴があがり、湯より粘りけのある音をたててオスカルが胸や顔をかばった。
 どこで、どうやって手に入れたんだ、このおびただしい生血を!まさか・・・
 宮廷で、オスカルが歩くにつれて熱く揺れた令嬢たちの視線。王妃さまの御用を言いつけられる、ほんの些細な言葉にも頬を染めていた侍女のときめく胸。
 その気になりさえすれば、こいつのまなざしにふらふらと引き寄せられる娘たちは今もゴマンといるだろう。
 その若々しい身体からほとばしる血潮・・・しかしこの湯舟を満たすにはいったい、何人・・・

 オスカルは震えながら小さな声で言った。
 「見ないでとあれほど言ったのに・・・見てしまったんだな」 
 「のぞいたのは悪かった!だが・・・だが、なんでおれにひとこと打ち明けてくれない・・・」
 血ならおれのをやる。欲しければ何でもやる。とっくにおまえに捧げてある。だから・・・
 「赦してくれ!言えなかったんだ・・怒らないで・・・。も、持ってけドロボーな値段でいいからと・・・」
 「は?」
 「これ、火星の砂とデルタ・パヴォニスの薬用花を使っていて、とても贅沢なものなのだそうだ。わたしは色が気味悪いからいらぬと・・・」
 「火星・の・・?」

 先週、宣伝用のお伝えネコ(もちろんロボット)がやってきて、『オスカルさまニャ』と言ったのだそうだ。
 1回だけ行ったことのある美容院からのキャンペーン情報で、退屈していたオスカルは招きネコにつられてつい、毛質チェックと無料コスチュームホロ1枚体験に出向いてしまった。
 美容室“ハナ・マリ”は大いに喜んだ。おれが思うに、美容師や画家がオスカルを見て目の色を変えるのは18世紀以来のお約束なんだろう。
 「お客様のキューティクルは完璧!」
 「このお色、このしなやかさ、この好き勝手なカール・・・絶世ですわ!」
 「ささ、コスチュームはどれになさいます?ええい、お客様のお美しさに出血大サービスですわ!1枚と言わず、どれもこれもお似合いですわ!」
 シャネリの最新作から惑星ヴァルカンの花嫁衣裳から、歴史上の美女ふう、名画の人物ふうとたくさんあったそうだ。ホロ撮影室に入ると10秒ほどで特殊繊維が衣裳を形成するし

人形たちの午後 番外編2

 ★紅の戦慄★


 「のぞくなよ」とオスカルが言った。
 覗きゃしないよ、風呂場なんか。
 気にならないと言えばうそだが。おれも男だし。
 「絶対だぞ。のぞいたら・・・」
 なにか罰を考えているが、どうやら思いつかないまま浴室に消えた。

 このところオスカルの肌はまた一段と磨き上げたようにつややかだ。
 白皙、とよく言われたが、もう少し甘やかに。白絹のぬくもり・・・象牙のなめらかさ・・・白牡丹の華やぎ・・・どれもものたりない。もうそれはオスカルの、おまえの肌の色、と言うしかない。
 髪もそうだ。この時代のカラーリング技術をもってしても、どうしても出せない天与の黄金の輝き。しかも手ざわりがしなやかで最高ときた。指への絡みぐあいまで知っているのはおれだけだからな。
 すなおに褒めた。前から美しいが、最近はおそろしいほどだと。
 ふざけてつけくわえた。何か秘密でもあるのかと。
 どうだろう。まっ正直なオスカルはミエミエの動揺ぶりで「なにもない」と。
 おまえ、ウソがヘタだなあ。
 お風呂が長くなったのは気づいていたよ。女の長風呂。
 美容体操とやらでもやってるのかな、くらいに思っていたのに。
 「のぞくな」なんて言うのは逆効果なんだぞ。のぼせて倒れてるのじゃなかろうな。

浴室にはうす紅いろの濛気がたちこめていた。
 湯舟のふちを朱に染まった細い手首がすうと動いた。
 ぞっとした。一瞬オスカルがケガしたのかと思った。
 はあ、と悩ましい息を吐いて裸身がうねった。なまめかしい妖魚のように。
 湯はまっ赤だった。まだ熱い鮮血を集めたような色に、肌の白さが、凄いほど。
 片膝を立て、両の腕(かいな)は奔放に開いて魅惑的な胸をなかば浮かせ、オスカルはのけぞるように湯気に蒸されていた。
 貴族の白い手がとろりと紅の湯をすくい、みずからに塗りつけた。頬に、いとしい喉に、耳をかすめて髪に・・・
 血のしたたりは無残なまでに肌を染めて壮絶な縞模様を描いた。
 紅をささなくても美しい薔薇色のくちびるが、紅玉の炎に彩られて開いた。蒼白いまぶたを半ば閉じたどこか淫蕩な表情で、オスカルはかわいらしい舌を見せて指先の血を舐めた。
 背筋を戦慄が走った。鮮血にまみれたウェヌス。血の池にたわむれる夜叉の女王。

 血は命の水なれば・・・
 永遠の若さと美貌を。六百人の処女の生き血をしぼって肌を浸した伯爵夫人の話は嘘じゃない。オスカルはかつてそのフランス版に遭遇して、あやうく毒牙に・・・かかってしまったというのか!
 必死に否定した。ひる日中に堂々と起きてるし、こないだはガーリックトーストを食べた。十字を切ってお祈りだってしてるぞ。
 悪魔の声がささやいた。力のある吸血鬼はそんなもの平気なんだ。意志が強ければ鏡にも映る。
 うそだ!十字架とニンニクまでは耐えられても、太陽には・・・
 愕然とした。タイラギの街を照らすのは太陽光じゃない!
 だったら、ここは魔物の天国だぞ。
 「オスカル!」
 声にならない悲鳴があがり、湯より粘りけのある音をたててオスカルが胸や顔をかばった。
 どこで、どうやって手に入れたんだ、このおびただしい生血を!まさか・・・
 宮廷で、オスカルが歩くにつれて熱く揺れた令嬢たちの視線。王妃さまの御用を言いつけられる、ほんの些細な言葉にも頬を染めていた侍女のときめく胸。
 その気になりさえすれば、こいつのまなざしにふらふらと引き寄せられる娘たちは今もゴマンといるだろう。
 その若々しい身体からほとばしる血潮・・・しかしこの湯舟を満たすにはいったい、何人・・・

 オスカルは震えながら小さな声で言った。
 「見ないでとあれほど言ったのに・・・見てしまったんだな」 
 「のぞいたのは悪かった!だが・・・だが、なんでおれにひとこと打ち明けてくれない・・・」
 血ならおれのをやる。欲しければ何でもやる。とっくにおまえに捧げてある。だから・・・
 「赦してくれ!言えなかったんだ・・怒らないで・・・。も、持ってけドロボーな値段でいいからと・・・」
 「は?」
 「これ、火星の砂とデルタ・パヴォニスの薬用花を使っていて、とても贅沢なものなのだそうだ。わたしは色が気味悪いからいらぬと・・・」
 「火星・の・・?」

 先週、宣伝用のお伝えネコ(もちろんロボット)がやってきて、『オスカルさまニャ』と言ったのだそうだ。
 1回だけ行ったことのある美容院からのキャンペーン情報で、退屈していたオスカルは招きネコにつられてつい、毛質チェックと無料コスチュームホロ1枚体験に出向いてしまった。
 美容室“ハナ・マリ”は大いに喜んだ。おれが思うに、美容師や画家がオスカルを見て目の色を変えるのは18世紀以来のお約束なんだろう。
 「お客様のキューティクルは完璧!」
 「このお色、このしなやかさ、この好き勝手なカール・・・絶世ですわ!」
 「ささ、コスチュームはどれになさいます?ええい、お客様のお美しさに出血大サービスですわ!1枚と言わず、どれもこれもお似合いですわ!」
 シャネリの最新作から惑星ヴァルカンの花嫁衣裳から、歴史上の美女ふう、名画の人物ふうとたくさんあったそうだ。ホロ撮影室に入ると10秒ほどで特殊繊維が衣裳を形成するしくみなんだが、そういうのに全く興味のないオスカルはただただ美容師たちとヒマな客たちの着せ替え人形にされてしまった。
 出来たホロをおれも見せてもらったが、似合う服もあるのに例によってどれもしょーもなそうな顔をしたオスカルがおかしかった。
 中に一枚だけオスカルの顔が違うものがある。ミリタリールックの再現・・・なつかしい軍服にそっくりなスタイル。
 これだけは、誰にも・・・23世紀に生きている連中の誰にも真似のできない着こなしだ。ストイックにして華麗、凛ときついまなざしにおれでもクラクラする。オスカルさま、きゃーっ、なんて。
 「竹光の剣が軽くて、腰が決まらなかった」
 ギャラリーが騒いだが、すぐに脱がせてもらったそうだ。
 「なんだか胸が切なくてな」
 ああ。そうだな。遠い・・・二度と還らぬ世界・・・。

 「もう疲れたから勘弁してくれと言うと、店の専属モデルになってくれんかと。断った。今度いつ来るかもわからんと言うと、涙ながらに高価な入浴剤をすすめられた。『お客様のお肌やおぐしを保つためですわ。お風呂にお入れになるだけですから、手間いらずですし、美肌効果抜群で、旦那様もきっとおよろこびになりますわ』と。おまえがよろこぶかと思うとつい・・・こ、この色がわたしの好みではないが、美は我慢だそうだ・・・。そうじは毎回ちゃんとするから、忘れてくれアンドレ・・・」
 ハウスキーパーに手伝わせてというか、手伝ってというか、浴室をきれいに流していたんでよけいに長風呂になっていたわけだ。
 奥様が姉君たちにおっしゃったそうだ。殿方に美容の苦労を見せてはなりません。見えないところで努力するのがたしなみですよ、と。
 だからおれには内緒にして、大量の入浴剤はクロゼットに隠したと。すぐ見つけるぞそんなの。
 「こんなあさましい真赤なすがた、興ざめだろう・・・」
 オ、オスカル!そんなことはない!
 乙女の白い首筋に優雅に牙を埋めるおまえ・・・さらにこの頸に甘いくちびるが吸いつくところまで想像したことをゆるしてくれ!
 「すこしなら、舐めてもいいそうだ。柘榴に似た味がする」
 どれどれ。
 かわいい耳についたしずくをちょっと舐めて、ついでに・・・
 美しすぎる恋人を持つと、心配事が多いよ(のろけ)。 
 くすぐったいと笑い、オスカルはふざけて・・・
 おれの首筋にきゅっと歯をたてた。

くみなんだが、そういうのに全く興味のないオスカルはただただ美容師たちとヒマな客たちの着せ替え人形にされてしまった。
 出来たホロをおれも見せてもらったが、似合う服もあるのに例によってどれもしょーもなそうな顔をしたオスカルがおかしかった。
 中に一枚だけオスカルの顔が違うものがある。ミリタリールックの再現・・・なつかしい軍服にそっくりなスタイル。
 これだけは、誰にも・・・23世紀に生きている連中の誰にも真似のできない着こなしだ。ストイックにして華麗、凛ときついまなざしにおれでもクラクラする。オスカルさま、きゃーっ、なんて。
 「竹光の剣が軽くて、腰が決まらなかった」
 ギャラリーが騒いだが、すぐに脱がせてもらったそうだ。
 「なんだか胸が切なくてな」
 ああ。そうだな。遠い・・・二度と還らぬ世界・・・。

 「もう疲れたから勘弁してくれと言うと、店の専属モデルになってくれんかと。断った。今度いつ来るかもわからんと言うと、涙ながらに高価な入浴剤をすすめられた。『お客様のお肌やおぐしを保つためですわ。お風呂にお入れになるだけですから、手間いらずですし、美肌効果抜群で、旦那様もきっとおよろこびになりますわ』と。おまえがよろこぶかと思うとつい・・・こ、この色がわたしの好みではないが、美は我慢だそうだ・・・。そうじは毎回ちゃんとするから、忘れてくれアンドレ・・・」
 ハウスキーパーに手伝わせてというか、手伝ってというか、浴室をきれいに流していたんでよけいに長風呂になっていたわけだ。
 奥様が姉君たちにおっしゃったそうだ。殿方に美容の苦労を見せてはなりません。見えないところで努力するのがたしなみですよ、と。
 だからおれには内緒にして、大量の入浴剤はクロゼットに隠したと。すぐ見つけるぞそんなの。
 「こんなあさましい真赤なすがた、興ざめだろう・・・」
 オ、オスカル!そんなことはない!
 乙女の白い首筋に優雅に牙を埋めるおまえ・・・さらにこの頸に甘いくちびるが吸いつくところまで想像したことをゆるしてくれ!
 「すこしなら、舐めてもいいそうだ。柘榴に似た味がする」
 どれどれ。
 かわいい耳についたしずくをちょっと舐めて、ついでに・・・
 美しすぎる恋人を持つと、心配事が多いよ(のろけ)。 
 くすぐったいと笑い、オスカルはふざけて・・・
 おれの首筋にきゅっと歯をたてた。