水の心 3


王城の一室。
大臣たちが会議中である。
「この男など、どうでしょう? ジェローデル家の二男ですが」
「おお、わしは知っておるぞ。なかなかのハンサムだ」
「見目形なら、サン=ジュストとやらが一番かな」
「いや、家柄まで考えると、フェルゼン伯の方が」
「しかし、彼はよからぬ噂を聞いたことが・・・・・あー、いや、ゴホン・・・」
「こちらのロベスピエールとやらは? 小さいときからの苦労人で、学術に秀でているらしい」
「ああ、それなら・・・・・」
出そろった候補者の品定めにかかっているのだが、今ひとつ歯切れが悪い。
肖像画と身上調査だけで、どうして心の美しさを推し量れというのだろう?
「なあ、他の国はどうやって花婿を選んだのだろう?」
「うむ、隣の国では、ぜひ自分にと強く申し出た者がいて、試しに命の森に入らせたら、みごと
 花嫁を連れて出てきたということだ」
「いちばんいいなあ、そういうのが・・・」
思わず漏れたつぶやきに、まったく、と言うようにみなが頷く。
「向かいの国では、どうしようもなくて候補者三人を同時に命の森に向かわせたのだそうだぞ」
「ええっ!? そ、それで?」
「一人は花嫁を連れて戻ってきた」
「・・・・・あとの二人は?」
「一人は、ミイラのようにひからびて発見された。
 あとの一人はまだ戻らないままだ・・・」
会議室はしーんと静まり返ってしまった。
「ああ・・・その・・・我が国の先代の花婿はどのように決まったのでしたかな?」
「ジャルジェ将軍ですか?」
「あの時も苦労しましたな」
「ああ、たしか、他に候補がいないならと自分から進んで申し出てくれたのでは?」
「そうじゃそうじゃ、そして、水の精殿にあって完璧に一目惚れ! みごとハートを射止めたとか」
「恋の一念、岩をも通すというヤツですな」
「あれだけ惚れ込んでいれば、心は愛情でいっぱい。水の精殿にも気に入られるはずだ」
「なるほど」
「しかし・・・・・今回の水の精殿は気むずかしくて男嫌いだと言うし・・・・」
またしても、会議室はしーんと静まり返ってしまった・・・・・



「ああ、ひまだ、ひまだ!」
オスカルは自室でくつろいでいた。
そういえば、最近は母の監視が厳しくて、城を抜け出していない。
「そろそろ人間の様子を見に行ってこようかな?」
そう思いつくとたまらなくうずうずしてくる。
そっと部屋を抜け出すと、庭の一番奥にある川の側にやってきた。
白い手を水に浸すと、たちまち魚たちが集まってくる。
「おまえたち、元気だったかい?」
その問いに答えるように、美しい色とりどりの魚たちが指先や掌をつんつんつついた。
艶やかににっこりわらう。
「さあ、いっしょに出かけようか?」
そういうなり、オスカルの意識は水の一部となって流れ出していった。
川を下り、命の森を抜け、人間の住む村へ・・・・・
魚たちが、戯れるようにオスカルの意識についてくる。
森の鬱蒼とした木々の下を抜けると、まぶしいほどの日差しが水中にも降り注いでくる。
『ああ、気持ちがいい!』
きらきら乱反射する光の中で、オスカルの意識もきらきら輝きを増す。
うねるような川の流れにのって、村の中心部にやってきた。
『人の気配だ・・・・・』
どうやら水汲み場らしい。
何人かの村の女たちが、瓶や桶に水を汲んでいる。
「あ〜あ、毎日毎日いやんなっちゃうねえ」
「本当だわ。重たい水をここから畑まで運ばなくっちゃいけないんだから・・・」
「溜め池の水は、とうとう干上がってしまったものね」
「まだ、この川があるだけましだわ」
「そうそう、井戸の方は料理に使うから、畑になんかまけないし」
「ほんとうに、雨が降ってくれないと・・・・」
「はやく、命の森から水の精がこの国にもお嫁に来てくれないかしら・・・」
ズキンと胸が痛んだ。
自分が嫁いでこないと、この国の日照りはまだまだ続くのだ・・・・・
「そう言えば、このあいだ村長さんのところに王様のお使いが来ていたわ」
「え? ほんとう?」
「この村からも花婿候補を出したんですって」
「きゃあ! 誰?」
「村はずれに住んでるアンドレよ」
「え〜っ、ほんとう?」
「わたし、狙ってたのに・・・」
「無理よ。だって、アンドレは女嫌いなんだもの」
「どうしてぇ!? あんないい男、もったいない!」
「そうよ、やさしいし、働き者だし! わたしだって、アンドレのお嫁さんになりたいわ!」
オスカルは、興味津々で女たちの話を聞いていた。
魚たちも、そんなオスカルの意識の周りで落ち着かなげに泳ぎ回っている。
「だって、誰が祭りに誘おうとしても断って男同士で行っちゃうし、お世話をしようとしても絶対に
 家には入れてくれないし」
「そうそう、みんなでわいわいやってるときは気さくでいい人なんだけど、一対一なんかでは誰も
 相手にしてくれないのよね」
「あ〜あ、つまんない! 他にいい男いないかしら〜」
「アランはどう?」
「え〜、あんまりタイプじゃないわ・・・」
女たちは、声高にしゃべりながら遠ざかっていった。
『どんな男だろう?』
オスカルは、今話題に出ていたアンドレという人物を見てみたくなった。
そう思いつくと、もう、じっとしていられない。
『だって、そうだろう? かりにもわたしの花婿になるかもしれない男なんだから』
・・・・・・絶対に嫁にいかないと断言したことは、すでに頭にない。
『う〜ん、どうやって見に行こう』
水の道が繋がってさえいれば、どこへでも行けるのだが・・・・
『あ、そうか、つなげてしまえばいいんだ』
意識を集めて雲を思い浮かべる。
雨をもたらす雲だ。
もったりと水分をふくんだ雨雲が空をおおう・・・・・
そして、ぽつり、ぽつりと乾いた地面に雨粒が落ちてくる。
突然のできごとに、村人たちが天を仰いで口々に何か叫んでいる。
やがて、雨は本格的な降りになり、大地は久々の水の恵みに打ち震えた。
『ああ、人間たちの喜ぶ声がここまで聞こえてくる・・・・』
川面にも、雨は絶え間なく降り注いでいる。
しだいに雨足は強くなり、戸外に出ている者もいなくなった。
それを感じ取って、オスカルの意識は、ゆっくりと川から起きあがった。
白く霞むような姿。
黄金の髪、青い瞳、ほっそりと優雅な体躯。
雨は、オスカルを包み込むように降っている。
「さあ、どこにいるのだろう? わたしの花婿候補とやらは」
意識を拡散させる。
村全体に降り注ぐ雨の水を通して、オスカルの意識は「アンドレ」を探し出した。
「こちらか」



アンドレは、突然の雨にいそいで馬たちを小屋に入れ、びしょぬれになって家に飛び込んだところだった。
「うわっ、ずぶぬれだよ。いったいこの天気はどうしたっていうんだ?」
濡れたシャツを脱ぎ、タオルでごしごしと身体を拭き始めた。
「こんなすごい雨は久しぶりだな・・・・
 そう、おふくろが病気で死んだとき以来だ・・・・」
ふっと、あの日のつらい想いが甦る。
まだ、8歳だった。
幼いとき父親を亡くし、母親と二人、貧しくても幸せに生きていたのだった。
「病気で、日に日によわっていくおふくろを助けようとして、俺は・・・・・」



『哀しい・・・・・?』
オスカルは家に近づくに連れて濃くなる「アンドレ」の意識を感じた。
『胸が締め付けられるような・・・・・哀しみ・・・・・・』
いったいなんだろう? 雨が降って喜んでいるかと思ったのに。
『濁りのない哀しみの心・・・・・わたしまで胸が締めつけられるようだ・・・』
ちかっと頭の隅で何かが光った。
『なんだろう・・・・?』
大切なことなのだろうか?
立ち止まって考えている内に、ビビビビッと電流のような感情が体中を貫いた。
「オスカル〜〜〜〜ッ!!!! なにをやっているの!!?? 
 今すぐ帰ってこないと許しませんからねっ!!」
「は、母上・・・・」
そのとたん、雨中のオスカルの姿は消え、意識は命の森へと瞬時に引き戻された。



そして、この日のオスカルの好奇心は、こんな事態を引き起こしていたのである。
「こ、国王様、たいへんでございます!」
「総理大臣、どうしたのだ? そんなにあわてて」
「雨が、雨が降っています!」
「なんと?」
「こちらの窓をご覧ください。あの命の森に近い村のあたりだけ、雨雲に覆われて・・・・・」
「おおっ! ほんとうだ!」
「国王様、お喜びください! これで決まりました」
「ん? なにがだ?」
「あの村にだけ、水の恵みがあった・・・・・ということは」
「ということは?」
「あの村にいるアンドレとか申す若者が、水の精の選んだ花婿に違いありません!!」