水の心 9


「さあ、召し上がれ!」
働き者のばあやの心づくしの御馳走がテーブルいっぱいに並べられている。
「オスカルお嬢様が花嫁になられたなんて・・・・ばあやは長生きしたかいがありました」
「いただきま〜す♪」
「アンドレ、遠慮しないでね」
「ワインもあるわよ」
「は、はい・・・」
「今夜にそなえて、しっかり食べて体力つけておかないと!」
ぶっ!!
オスカルとアンドレが同時にワインを吹き出した。
「あ、あねうえ〜〜〜〜」
「あーら、オスカルったらそんなに顔を赤くしちゃってェ」
「ワインの飲み過ぎはだめよ」
「もう、からかうのはおよしなさいな。アンドレも硬直してるでしょ」
「ほほほ・・・さあ、冗談は抜きにしてしっかりお食べなさい。とくにアンドレは疲れてるでしょ?」
「はあ・・・」
頷きながら、これって冗談になってないよな〜〜と思うアンドレであった。
二人ともなんとなくお互いの存在を意識してしまい、食欲はわかないし、動作もどことなくぎこちない。
ふとしたはずみに肘が触れ合うと、びくんと電気が走ったように反応してしまう。
その度に思わず顔を見合わせ、頬に朱を走らせる二人を、母や姉たちはにこにこと見ていた。



二人だけの寝室・・・・・
食べた気のしない夕食がすみ、それぞれに入浴してオスカルの部屋にいる。
オスカルは鏡台の前で、とっくに梳き終わった髪にまだブラシをあてていた。
アンドレもソファに座り、オスカルの様子を見るとはなしに見つめながら、居心地の悪い思いをしていた。
思い切って話しかける。
「なあ・・・・」
「ん?」
「やっぱり俺は他の部屋に寝た方が・・・」
「ああ・・・・・しかし、今夜は姉上方が泊まられるので、空いている部屋がないんだ」
「別に、居間でも台所でもどこでもいいぞ?」
「・・・・・」
「オスカル?」
「わたしと一緒では・・・・・いやか?」
「え?」
ドキンときた。
こ、このシチュエーションは!!!???
「い、いや、俺としては願ったりかなったり、いや、その・・・、なんだ、嬉しいんだけど、おまえがいやかと
 思って・・・・」
あせってしどろもどろになってしまう。アンドレも、年の割にウブなのだ。
「わたしは、命の森や母上に守られて育った。だから、男女のことは何も知らないし、この通り女らしくもない・・・」
うわ〜〜〜、バージン!?と思わず喜びに震えるアンドレである。
だが、ここで焦ってしまっては男として情けない。精一杯自分を押さえて、やさしく接しなければ・・・
「・・・・・おまえは、十分に女らしいよ、オスカル」
声の震えを必死で隠し、囁くように言った。
「わたしは・・・・・無力だ。ひとりではなにもできない」
「は?」
「わたしの存在など、巨大な命の歯車のまえには無にもひとしい」
な、なんだ?? いきなりわからない展開になって、アンドレは頭をはっきりさせようと横に振った。
「罰掃除だって、だれかにすがりたいささえられたいと・・・・そんな心のあまえをいつも自分に
 ゆるしている水の精だ」
なんのことか必死で考えるがわからない。あきらめて頭を振る・・・
「それでも愛しているか!? 愛してくれているか!?」
やっとわかるセリフが出てきた。
思いっきり頷く。
「生涯かけてわたしひとりか!?」
ぶんぶんと振るように何度も頷く。あ、いかん・・・ふらつくぞ・・・・・
「わたしだけを一生涯愛しぬくとちかうか!?」
頷く代わりに手を差し伸べた。
「ちかうか!?」
駆け寄ってその身体を力一杯抱きしめた。
オスカルの髪から、身体全体から、甘い香りがしている。
その匂いを胸一杯に吸い込みながら、さらさらと波打つ髪を指で梳いた。
かわいい・・・・なんてかわいいんだ・・・・
守ってやる! きっときっと、俺の命に代えても・・・!!
そっと顔を上げさせ、涙の溜まった瞳を合わせた。
吸い込まれそうな青い瞳・・・・・心を癒す水の色・・・・・
「愛している・・・・・生まれてきて・・・よかった・・・・・・」
言葉は、心の底から泉のように湧いてきた。
オスカルが目を閉じ・・・・・唇を近づけ・・・・・お互いの吐息を感じ・・・・・
唇は、熱く、柔らかく・・・そして、たとえようもなく甘かった・・・・・
角度をかえ、より深くより強く口づけをかわす。
「う・・・ん・・・」
思わず漏れる切ない吐息に、身体はますます熱く狂おしく・・・・・
と、そのとき何となく誰かに見られているような感じがした。
あわてて唇を離し、きょろきょろ辺りを見回すが、寝室の中には誰もいない。
「どうした?」
オスカルが訝しげに訊く。
「あ、いや、すまない・・・・誰かの視線を感じたような気がして・・・・・」
そうアンドレが言ったとたん、オスカルはきっと眉をつり上げて、
「さては・・・・」
そう一言呟くが早いか、チェストの上の大きな花瓶を取り上げた。
それを胸に抱えて、庭に面した窓から部屋を出て、泉の方へ歩いていった。
「オスカル、どうしたんだ?」
オスカルはアンドレの問いには何も応えず、いきなり泉の仲に花瓶を叩きつけるように放った。
バシャーーン!!
その後、
「母上、姉上、いいかげんになさってください! 
 今度わたしたちの様子を覗いたら、二度とここへは帰ってきませんからねっ!!」
と大声で怒鳴り、足音も高く戻ってきた。
バタンと窓を閉めると、そのままつかつかとベッドに入り、
「もう、寝る!」
と一声宣言してシーツをかぶってしまった・・・・・
が〜〜〜ん!!・・・・さっきまでの甘い雰囲気が・・・・・初夜が・・・・・
「・・・・・・・」
モノも言えずにアンドレはがっくり肩を落とした。
どうやら今夜はお預けのようだ。
それに、自分もあの世俗的な水の精達に様子を伺われながらはイヤだ。
「ふう・・・・」
ため息を一つついて、大人しくベッドに潜り込んだ。


「あ〜〜あ、ばれちゃった」
泉の中から母や姉たちが姿を現した。
「もう、痛いったらありゃしない、花瓶が当たったのよ、わたし!」
「こんなに濁ってしまっては、もう水鏡になりませんねぇ」
「だから、みんなで見るのは止めよって言ったのに」
「そんな、お姉さま、自分一人でなんてずるいわよ!」
「あら、あなたこそ!」
「ま、ともかく、いい雰囲気になっていたのだから大丈夫でしょ!」
「くすくす、そうね」
「オスカルってば、あんなに女らしくなって」
「もう、心配はいらないわね」
「ほんと。だってあの子たちが今度は命の森を引き継ぐんだから、うまくいってくれないとたいへん」
「幸いアンドレも純粋で寛容で、水のような澄んだ心の持ち主だし」
「お母様も、これでやっとお父様とお二人でゆっくりできるわね」
「本当に・・・・・あなたたちが全員ふさわしい伴侶を得るまでは、ここと人間の家との往復でしたもの。
 オスカルとアンドレには6人の娘をつくってもらわなくては」
「ふふふふ、あれだけ仲がいいんですもの、楽勝よ」
「さあ、わたしたちもやすみましょう」



「おう、アンドレ、生きていたのか!!」
「よかった、よかった!」
アラン初め、村のみんなや国王の使者達は、水の精のオスカルを連れて帰ってきたアンドレを
大喜びで迎えた。
「これで、ブルボン国の日照りもおさまるぞ」
「ありがたいことじゃ」
「ああ、なんてお綺麗な方なんでしょ!」
「ほんとうに女神さまみたい。背もすらっと高くて・・・」
村をあげての祝宴やら、国王の表敬訪問やら、二人でいることさえできず、アンドレもオスカルもいらいら・・・
ようやく落ち着いて甘々の新婚生活を送る二人の様子は・・・・・
また、いずれご紹介いたします・・・・・