月世界より 14


「オスカル隊長!」
星間航空法の講義が終わり、廊下に出たところで声をかけられた。
「ああ、アランとジャン」
「創立記念祭まであと15日ですね!」
「もう再来週にせまっているのか・・・・」
「オレも、編隊飛行のほとんどのパターンはマスターしたし」
オスカルは、その言葉にちらりと傍らを歩くアランを見る。
「だが、アランはまだFパターンの右旋回とJパターンの離脱タイミングが苦手なようだな」
「うっ!」
「わずかなタイミングのずれが大事故につながりかねない。油断せず練習してくれ」
「へいへい。まったく藪ヘビってぇのはこのことだ・・・・」
アランは、ぶつぶつ文句を言ったあと、
「ところで隊長は記念祭パーティには誰と出席するんですか」
と尋ねてきた。
オスカルが答えずにいると、
「噂だとジェローデルの申し込みを断ったとか、どうとか・・・」
重ねて尋ねてきた。
さすがに無視できなくて言葉を返す。
「誰からそんな話を?」
アランとジャンは一瞬顔を見合わせ、ジャンがおずおずと答えた。
「いえ、みんな噂しているだけですよ。
でも、ほんとうに誘い断ったんですか?」
オスカルは、これみよがしに大きなため息をついた。
「まったく・・・・
きちんと申し込まれたわけでもないし、断る以前の問題だ」
「じゃあ、申し込まれたらパートナーを受けるんですか?」
「おまえたちに話すようなことじゃない」
きっと睨みつけた。
二人は一瞬ひるんだが、声をそろえ、嘆かわしそうに言う。
「あ〜〜〜あ、星間航空科の華、アイスローズも年貢の納め時か・・・・」
その言い方にオスカルの口元に笑いがこみあげる。
「なんだ、わたしが年貢の納め時とは」
「だって、隊長。記念祭にカップルで出席するってことは、恋人関係を公にするってことなんですよ。
これまで浮いた噂がひとつもなかったアイスローズに、そんな噂が立つってこと自体、衝撃だって言うのに」
「ああ、そうなのか?」
きょとんとした返事に、アランとジャンの身体からは力が抜ける。
「これだから、隊長は・・・・」
ジャンは腰に手をあて、講義口調でまくしたてた。
「いいですか、オスカル隊長!
貴女は、星間航空科一というだけでなく、この巨大な衛星大学でも指折りの美女なんですよ!
たくさんの男が貴女とつき合いたいと思って憧れているのに、今まではお互いに牽制し合ってたんです!
それが、このごろはジェローデルが接近してるし、なにやら女らしくなってくるしで、もう、大注目なんです!
その貴女が、誰を記念祭のパートナーに選ぶのかって、賭まで・・・あぅぅ」
アランがジャンの口を塞いで後をひきとった。
「というわけで、俺たちとしても心穏やかじゃないんだ」
「ほぉ・・・・心穏やかでないねぇ・・・」
オスカルはにやりと笑った。
「で、アラン。おまえたちの心を穏やかでなくしているという賭は、今のところどうなってるんだ?」
「え? は、ははは、は、、、」
ジャンも、口を塞がれたまま自分の失言をさとり冷や汗をたらし始めた。
二人から聞き出したところによると、本命はジェローデル、対抗がユラン、そのほか、10名あまりの名前があげてあった。
ひとつの名前にどきりとしたが、ことさら平静を装って尋ねる。
「穴馬がアンドレとあるが、どうして消したんだ?」
アランが答えた。
「ああ、アンドレは最近可愛い子とつき合ってるみたいでさ。
毎日のようにラボに出入りしてるし、隊長との可能性はなくなったと思って消したんだ」



「まったく! このわたしを賭の対象にするなんて!」
オスカルは足音も荒くカフェテリアに向かった。
怒りのためか白皙の美貌に赤みが差し、青い瞳も常にましてきらきらと輝いている。
でも、その怒りが賭の対象にされたからなのか、アンドレのラボに女性が出入りしていると知ったからなのか。
オスカルは考えないようにした。
カフェを買って、空いた席に腰をかけると無造作に金糸の髪をかきあげた。
制服の襟を緩め、一口二口と熱いカフェを味わう。
「オスカルさま」
「ああ、ロザリー」
明るい声に振り向くと、トレイを持ったロザリーが立っていた。
「お久しぶりです! こちら、いいですか?」
「もちろん」
にっこり笑って答えると、ロザリーはうれしそうに向か合った椅子に腰掛けた。
「ほんとうに久しぶりだね」
「ええ。わたしも忙しかったものですから、ゆっくりお茶も飲めなくて」
「はは・・・今は、衛星大学中が記念祭に向けてぴりぴりしているからな」
「わたし、創立記念日に行われるオスカルさまたちの編隊飛行、とっても楽しみにしているんですよ」
「ありがとう。期待通りの飛行をするように頑張るよ」
雑談をしながらカフェを楽しむ。
ロザリーはほんとうに可愛い。たとえるなら、春風といった温かさを感じさせる女性だ。
「そういえば、記念講演で研究発表するアシストをしてたんだったね」
「はい。ほんとうに素晴らしい研究で・・・・毎日、びっくりさせられています」
「へぇ・・・・聞きたいけれど、発表までは秘密なんだろう?」
「ええ。でも、時々誰かにしゃべってしまいたくなります」
ぺろりと舌を出した。
「でも、そんなことしたらアンドレに叱られて・・・・あ、しまった!」
「アンドレ? ひょとして、アンドレ・グランディエ・ラ・ルナのことか?」
ロザリーは真っ青になってしまった。
「オ、オスカルさま、どうしてわかったんですか!?」
「いや、なんとなく・・・・わたしも彼と知り合いだから」
「え? ほんとうに?」
ロザリーは、しばし何かを思案していたが、ふとにっこりすると得心がいったように何度も頷いた。
「アンドレって、いいヒトですよね」
「あ? ああ・・・そうだな」
オスカルは、目の前でほほえんでいるロザリーが、あの日アンドレのラボに訪ねて来た女性だとわかり、気詰まりを感じていた。
ロザリーも美しい金髪で、自分と同じく青い瞳の持ち主だ。
アンドレの言う『ルナンの憧れ』である女性なのだ。
「とても優しいし、立派な研究をしているし・・・」
「ああ・・・」
「とても純粋で、思いやりのあるヒトですよね」
「ああ・・・」
「オスカルさま、わたしの話、聞いていらっしゃいます?」
「ああ・・・え? なに?」
ロザリーは、ぷんとすねるふりをして「もう!」と言った。
「わたし、今からまたラボに手伝いに行くんです。アンドレになにか伝えることはありませんか?」
「え? いや、別に・・・」
「オスカルさま、もうすぐ、クーの誕生日なんです」
いきなり変わった話題に、オスカルはいぶかしげにロザリーを見た。
「クーはオスカルさまが大好きだから、ぜひ、お祝いを言ってやってください。
明日は、わたし自分のレポート整理があって、ラボには行けないんです。
アンドレは、クーのことで悩んでいて・・・・オスカルさまも相談にのってあげてほしいんです」
「クーのことで?」
「ええ。今度の記念講演会と関係してるんです。わたしがお話できるのは、ここまでだから・・・」
ちょっとさみしそうにそう言うと、ロザリーはトレイを持って立ち上がった。
「時間なので失礼します」
そのとき、ロザリーの友達らしい女性が3人で通りかかった。
「ロザリー」
「こんなところにいたの?」
気さくに声をかけた後、そばにいるオスカルに気づく。
「きゃっ」
「オスカルさま!」
アイドルを見つけたファンのような反応にオスカルが苦笑しながら会釈すると、きゃあきゃあ騒ぎながら近寄ってきた。
ロザリーが簡単に友人を紹介する。
「憧れのアイスローズさまなんですよ!」
「お目にかかれて嬉しいです!」
「一度でいいからお話したいと思ってました!」
明るく屈託のない物言いに、オスカルの心は照れくさいながらも軽くなる。
「ロザリーったら、愛しの”黒髪の君”ばかりでなく、オスカルさまのことも独り占めするんですもの」
「ずるいんですよ、ほんと」
「ね〜」
ロザリーは、瞬時に真っ赤になった。
「”黒髪の君”?」
オスカルが思わず、問いかける。
ロザリーが何か答えようとする前に友人たちの方が早口でしゃべり出した。
「そうなんですよ!」
「もう、相思相愛! 記念パーティにも二人で出られるって、この間から浮うかれてるんですから」
「も、もう、いいでしょ! オスカルさまはお疲れなんだから」
まだ、話したそうにしている3人を引き連れるようにロザリーはカフェテリアを出て行った。