月世界より  2


「隊長! 知ってます? あの噂!」


BーR16宇宙エアポート内にある衛星大学航空学部航空科教室。
実技研修のためパイロットスーツに着替えた学生達が、つぎつぎとロッカールームから現れる。
彼らが来ている銀色に輝く航空学部のパイロットスーツは、宇宙パイロットの卵達にとって憧れの的で
ある。
無駄を省いた美しく機能的なシルエット。
なかでも最難関の星間航空科パイロットスーツは、立ち襟と袖口が深い藍色に銀ラインというしゃれた
もので、とくに美しいデザインだと評判である。
「隊長」と呼ばれて振り向いたのは、すらりとした長身でそのパイロットスーツを着こなしている
黄金の髪に青い瞳の美しい女性だった。


彼女は、オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ・ル・テラ
その名の示すとおり、地球出身の彼女は星間航空科ではめずらしい女子学生である。
しかも、艦長候補資格であるA級ライセンスを取得しているばかりか、適性検査A、学科試験Aという、
衛星大学の歴史の中でも抜群の成績の持ち主なのだ。


「ニコラス、その呼び方はよせといつも言っているのに」
ため息混じりにそう応える。
「だって、俺たち研修生ですから。正規の学生であるあなたが隊長なのは当然でしょ?
 まあ、もっとも俺が正規生でも、腕の方はとうていかないませんけどね」
ニッコリ笑って反論されると、さすがに苦笑を浮かべるしかない。
チーム編成は、すでにロッカールームのディスプレイ画面に表示してあった。
今回の編隊飛行訓練では、20名の学生と10名の研修生が三機編成10チームに分かれて演習コース
に飛び立つ。
三機の中で、もっとも成績のよい者がリーダーとなるわけだが、教官に指名されずとも、チームを組んだ
とたん、リーダーは自然に決まってしまう。お互いの力量は、厳しい訓練の中ですでに明らかになってい
るからだ。
航空学部では、実技中心の研修生を自治体や企業からの出向という形で受け入れている。
腕が頼りの研修生は、正規学生にやたら反発する者も多いのだが、いったんその手腕を認めてしまえ
ば、とても信頼できるチームメイトになる。
だから、オスカルは彼らとの合同訓練が楽しみだった。
非常時の危機回避能力などは、実際の乗務経験がある分、正規生より上だとさえ思っていた。


「ところで、噂って何なんだ?」
「それそれ!」
わざとらしく辺りを見回すと、潜めた声で話し始めた。
「どうやら、この大学のラボに、ルナンがいるらしいんです。それも研究者として」
「!?」
「ね? 驚くでしょ? いまや絶滅の危機に瀕していると言われているのに。
 これが、研究室に閉じこめられていると言うなら、まだわかるんだけど・・・あわわ・・・」
とたんにキッとするどくなった瞳に睨まれ、口をつぐんだ。
「ニコラスも、ルナンをまるで珍獣のように思っている一人らしいな」
「いえ、いいえ! めっそうもない!!」
「わたしは、個人的にルナンに大きな恩がある。
 他の誰が赦しても、わたしはそういったルナンへの偏見を赦さない。
 覚えておいてくれ」
「は、はい」
「では、今日の訓練でもよろしく」
そういうと、さっと踵を返して教室に入っていった。
「ふう、さすが航空学部のアイス・ローズというあだ名は伊達じゃあないな・・・・・
 おっと、集合時間に遅れちまう!」
ニコラスも、あわててオスカルの後を追って教室に駆け込んだ。


教官から簡単な説明があった後、今日の演習コースが大型ディスプレイに映し出された。
演習コースを見るのはその時一度だけ。
あとは、自分の記憶を頼りにコースを辿って帰還しなければならない。
全員が息を詰めてコース図に見入る。集中力の限りを尽くして記憶しようとする。
オスカルも、演習コースに見入りながら、頭の片隅で先ほどニコラスに聞いた噂について考えていた。
『この大学にルナンがいるというのは本当だろうか。だとしたら、ぜひ会ってみたいものだ・・・・』