月世界より  4


「わたしが行っても、ほんとうにいいんだな?」
オスカルは、アランとジャンに連れられて、はじめてルナンのラボを訪ねることになった。
「もちろん! ちゃんと本人の了解済みですよ。
 俺達も何回か行ってるけど、気のいい奴だから」
三人でラボの前に立ち、インターフォンに向かって話しかける。
「アンドレ、俺だ、アランだ。今日は、スペシャルゲストも一緒だぜ」
「アランか。今、開ける・・・・・」
軽い金属音とともに、正面の扉が開かれる。
地球設定の重力から月設定の重力に変わる、軽い酩酊感。

三人が内扉を開けて入っていくと、そこにアンドレが立っていた。
ルナン特有の深い碧色をした髪と瞳。
すっと背筋を伸ばして立つ姿は、背後の植物たちを従えているようにも見える。
オスカルは、何とも言えない温かな視線が自分にそそがれるのを感じた。
「はじめまして」
オスカルは、握手をしようと彼に手を差し出した。
ところがアンドレは、ビクッとして一歩下がってしまった。
「?」
訝しげなオスカルに、アンドレはあわてて言った。
「すみません! あなたとの握手をいやがったわけではないのです。
 ・・・・・・・ESP制御装置をつけてはいるのですが、直接触れ合うと、
 そこからあなたの感情がわたしに流れ込んできますので・・・・」
そう早口で説明し、視線を逸らしてしまった。
そのまま、所在なさげにしているアンドレを三人はそれぞれの気持ちで見つめていた。

   ーーーーー彼は、真の意味でルナンなのだーーーーー

ルナンを他の人種と最も隔てているのがテレパス能力だった。
『そういえば、アンドレは一度も俺達と接触しなかったな・・・・・
 今思えば、カップや写真をやり取りするときも、テーブルの上に一度置いていた』


テレパス能力を持つ子どもの出生率は、星系間の中で『月』が突出していた。
なぜかはわからない。
その謎を突き止めようと多くの学者が研究に乗り出した。
功をあせるあまり、人体実験的な研究が行われたこともある。
テレパス能力ありと認められ、研究室に招かれたルナンの内、
正常な状態で自宅に帰った者は、多くなかった。
親は自分の子に能力を隠すよう教育した。
力を見せると恐い人が研究室に連れていってしまうよ・・・・・と毎日言い聞かせて。

また不思議なことに、生粋のルナンの子でも月面上で誕生していなければ、
テレパス能力の発現は見られなかった。
それがわかったとき、地球連邦政府はルナンが出産する場所を宇宙ステーションに
限定してしまった。
強力なテレパス能力を軍事目的に悪用されることを怖れたためである。
以来、半世紀近く『真の意味でのルナン』は誕生していないと言われている。

   では、なぜアンドレは?

我に返ったオスカルが、この場の雰囲気を変えようと自己紹介をはじめた。
「いえ、こちらこそ何も気付かすに申し訳ないことをしました。
 わたしは、この大学の星間航空科で学んでいるオスカル・フランソワ・・・・・」
「われらがアイス・ローズだ!」
アランが突然横から口を出す。
オスカルは自己紹介を邪魔されてじろっとアランの顔を見たが、そのまま口をつぐんだ。
アンドレがにっこりと微笑んで挨拶する。
「よろしく。俺のことはアンドレと呼んでください。
 このラボで植物の研究をしています」
オスカルもアンドレに視線を向けて訊ねた。
「ほお。植物のいったいなにを?」
「詳しいことは機密に関わってくるので話せませんが・・・・・
 まあ、平たく言えば、人類が宇宙進出するときにお供にできる植物を
 見つけだそうというところかな」
「そういえばこのラボのあるエリアは、DNA工学部でしたね。
 植物の遺伝子操作かなにか?」
長くなりそうな様子に、アランがしびれを切らした。
「お〜〜い、お二人さん、お話は腰を落ち着けてお茶を飲みながらって
 ことにしないか?」
ジャンも言う。
「そうですよ〜。
 アンドレがいれるお茶はおいしくて、オレはそれが楽しみで来てるんだから」
「悪かった。じゃあ、みんなこっちで」
アンドレの案内で、4人は緑の木立を抜け、居住区の居間に移る。
ルナ・ホースが、茂みの中からそんな様子をじっと見つめていた。