月世界より 8


銀色のパイロットスーツを着たまま、航空学部のフロアを出ようとしていたオスカルは、
自分を呼ぶ声に振り向いた。
少し汗ばんだ額に、金糸のような髪がはりついている。
ほんのり薔薇色にそまった頬が、いつもにましてオスカルを美しく見せていた。
「ジェローデル?」
「ああ、よかった、追いつけた・・・」
同じスーツを着用して駆け寄ってきたのは、同じテラ出身のジェローデルだった。
「夕食を一緒にどうかと思いまして」
男らしい端正な顔に微笑みを浮かべる。
「演習のコース取りのことで訊きたいこともありますし・・・・」
「ああ、わたしはかまわないが」
「では」
並んで歩き始めた二人は、一服の絵のようだった。
長身でスタイルのいい彼らが寄り添うと、見た者はそれだけでため息が出てしまう。
オスカルはまったく意識していないが、周りからすれば「お似合いの二人」としか
言いようがない。

「あれれ、オスカル隊長は、またジェローデルと一緒かぁ」
「妬くな、ニコラス。おまえじゃあ勝ち目はないぞ?」
ユランがからかうように声をかける。
「ふん! おまえに言われなくたって、そんなことわかってるさ!
 今日の演習でも組ませてもらったから、ビールでも飲みにいけたらと思ってたんだ」
「ああ、オスカルはわりとお酒強いからね。
 そんなんだったら、俺も一緒に行きたかったのに」
研修生だけでなく、正規の衛星大学生たちも二人に注目していた。
「やれやれ、アイスローズの氷を溶かす男は現れないと思ってたんだがな」
「テラのジャルジェ家といえば、名門だから。
 ジェローデルにとっては逆玉というところか?」
「だが、ジェローデルもいい家柄の出なんだろ?」
「時代が進んだと言っても、高級官僚になろうとすると、本人の能力もだが、
 やはりバックボーンがものをいうしな。
 まあ、ジャルジェ家の後援をもらえれば、願ったり叶ったりなんじゃないか?」
「おまけに二人とも美形だ。
 やっぱ、くっつくべき二人がそうなったって言うところかね」

道ですれ違う人々は、星間航空科のパイロットスーツに目を惹かれ、
次に、それを魅力的に着こなしている二人に目を奪われた。
金髪のきりりと美しい女性と、榛色の髪をした精悍な男性。
ともに理知的な美貌を持つ二人が、さっそうと歩いているさまは、
素直に『あこがれ』という感情をわきおこさせるのだった。


「オスカルがジェローデルとかいう男とつき合っているって?」
力のない声で訊ね返すアンドレに、アランはにやにや笑いを浮かべて応えた。
「ああ、今、すっごい噂なんだぜ?
 とにかくあいつらは二人揃ってるだけでやたら目立つしな。
 どっちかというと、ジェローデルの方が積極的にアプローチかけてるんだが、
 オスカルもまんざらじゃないって感じだし・・・・・」
「・・・・・」
「とにかく、ときどきなんていうか、ドキッとするくらい無防備なときがあるんだ」
「無防備?」
「う〜〜ん、うまく言えないんだが、心ここにあらずっていうのかな・・・
 今までのアイスローズからは想像できないような儚げな表情をしたり、
 講義中でも、なにかほかごとに心がいっているような様子がみえたり・・・
 俺たちの間じゃ、あれは恋する乙女そのものじゃないかって評判でさ」
「・・・・・」
「いや、おまえもアイスローズのことは憎からず思ってたみたいだから、
 ちょっと知らせておこうと思って。
 もし、気があるんなら、決定的なことがないうちにアタックしとかないとダメだぜ?」
アンドレはひょうきんに言うアランにそっと微笑みを浮かべて見せた。
「アラン、俺のことより、おまえのほうこそいいのか?」
いたずらっぽく言葉を返したアンドレに、アランはみるみる真っ赤になった。
「な、なにを言ってるんだ! お、俺さまは、べ、べつにそんなこと!!」
あははと笑い声をあげたアンドレに、アランは人の親切を逆手にとりやがってとかなんとか
ブツブツ文句を言いながら帰っていった。

ラボのドアがアランを送り出して閉まったとき、アンドレは思わず膝からくずおれてしまった。
「オスカル・・・・」
その名を口にするだけで、身体の中に熱いものがわき起こってくる。
「オスカル・・・・ほんとうなのか? 
 おまえは、そのジェローデルという男に・・・・・」
あのとき重なり合った二人の感情は、なんだったのだろう?
そう・・・・響き合うように、混ざり合うように、ぴったりと重なり合っていた。
あの一瞬は・・・・・?
ルナ・ホースだけが、碧の目をした主人が肩をふるわせるのを見つめていた。