「賭け −12月の誕生日−第3章」

浴室から出てきたおまえの姿に、俺の目は釘付けとなっていた。
湯上がりで、淡く染まっている肌。
束ねた黄金の髪。
薄紫のガウンがほっそりとした肢体に張り付き、美しいラインがわかる。
そして、見え隠れする、俺の残した名残の花弁。
豪奢な鏡台の前に座り、髪を梳かそうとするおまえの手から、俺はブラシを取り
上げた。
「マダム…御髪を、私にお任せいただけますか?」
「ええ、任せます…」
すました表情を続けようとしたおまえは、堪えきれず笑い出した。
ひとしきり、笑った後、おまえの美しい髪を梳きながら、俺達は鏡越しの会話を
楽しんだ。
「本当に、昨夜、約束したのか?」
鏡の中の俺に、おまえは問う。
「なに?」
「さっき、おまえが言った、願いの…」
「そうだよ。おまえも思いだしたから、許してくれたんだろう?」
「何となく、そんな気がしたから…」
「はっきり、思い出してくれたわけじゃなかったのか?」
「だって…」
そう言ったきり、おまえは俯いてしまった。
淡く染まる項が金の髪に見え隠れする。
俺だけに見せてくれるおまえのその仕草が、どんなに俺を煽っているかなんて、
気が付いていないんだろう。
愛おしくて、たまらない。
俺は、そっと髪をはらうと、項にくちづけた。
「約束は本当だよ。何だったら、昨夜のことを思い出して貰うよう、努力するけ
ど…」
「…莫迦」
「おまえに関してはね、俺は、莫迦になるのさ」
朝から、こんな事を口にしている俺は、確かに、莫迦な奴かもしれない。だが、
愛しい恋人が目の前にいるのだから、仕方がない。今は、まだ恋人同士の時間な
のだから。
「そう言えば、湯にひとりで入りたいって、よくわかったな」
項への唇がくすぐったいのか、おまえはクスクス笑う。
「跡の言い訳に困ると思って…」
俺は、指を前に這わし、鎖骨の当たりを撫でた。
ここにも花弁が一つ。
「わかっているなら、少しは控えて欲しいな。ムッシュー・グランディエ」
「それは出来ない約束です。マダム・グランディエ」
「おまえのせいで、侍女達に不審がられる」
鏡越に、おまえは軽く俺を睨む。
「何故?」
「誰の手も借りずに、身支度やら湯浴みを済ませてしまうから、さ。彼女達には
、私の戻る時間が不規則だから、一人でするとは言っているけど…」
「そう言えば、シャロンに責められたな」
「なんて?」
「“せめてオスカル様のお世話のお手伝いがしたいから、どんな時間帯でもイイ
から、お戻りになったら教えて欲しい”ってさ。だが、そんなことをしたら、俺
が“お手伝い”できないからな」
言外の意味にオスカルは頬を染めた。
「莫迦」
「おまえの肌は、傷つきやすいな…。こんなに側にいたのに、知らなかったよ」
これは事実だ。おまえの肌は、白く、柔らかく、そして傷つきやすい。美しい…
そう、男を虜にしてしまう花のようだ。
魅せられて、傷つけることがわかっていても、触れたくなるのだ。
「誰のせいだと思っている?」
「俺以外に、誰か?」
「…ヤな奴。わかってるくせに」
「安心した」
「おまえが触れなければ、問題は解決だ」
「それも出来ない約束です。マダム・グランディエ」
おまえは大きくため息を一つ。
「だが、今日の約束は守ってもらうぞ?」
「勿論、約束は…ね。だが、まだ、大丈夫だろう?」
俺の言葉に、おまえは仕方がないなと小さく笑った。
もう少しすれば、こうした二人だけの朝の短い戯れは終る。
そして、これから、「公」としての長い1日が始まるのだ。
この短い時を愛おしむように、俺はおまえにくちづけた。