「賭け −12月の誕生日−第4章」
「やあ、おはよう、アラン。夜勤明けか?ご苦労だったな」
後ろから、隊長に声を掛けられたものの、俺は欠伸を止めることが出来なかった
。
「おはようございます。今日も仲良くご出勤ですか?」
アンドレが隊長から離れていることを確かめての挨拶だった。あいつがいたら、
こんな事は言えない。すぐに殴られるからな。
「お陰様で、と言えばいいのか?それとも、その通りで、か?」
隊長は、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
何も知らない奴が聞いたら、イヤミか嫌がらせに聞こえるかも知れないが、まあ
、これは、いわゆる共犯者っていえばいいのか、俺と隊長の言葉遊びだ。隊長も
それを承知してくれていて、応えてくれる。
隊長も変わった。昔の隊長だったら、何も言わず、俺を殴っていただろう。
隊長を変えたのは、あいつ。
悔しいけど、仕方がない。今の隊長も、魅力的なのだから。だから、【賭け】の
対象になったりするんだが。
そういえば、そのお陰で、俺は思いもかけないものを貰った…。
思い出して、つい、俺は隊長の形の良い唇に見とれていた。
化粧をしているわけでもないのに、赤い唇。
柔らかな唇…。
「アラン?聞いているのか?」
隊長の声に俺は、はっと我にかえった。
「はい、何です?」
「おまえ、疲れているんじゃないのか?ずっと上の空で…。まあ、夜勤明けだか
らな。呼び止めて悪かった。早く戻って、休め」
「じゃあ、お言葉に甘えまして…」
俺は、少しばかり戯けて大仰に敬礼をした。
「他の夜勤組にも伝えてやれ。午後から、訓練はないが、書類仕事はある、とな
」
隊長は、片目を瞑って、そう言った。
つまり、書類の提出時間をよんで、それまで休んで良いって事だ。
有り難い。寒い夜の仕事は、ちょっとばかりの仮眠じゃ疲れがとれない。そうで
なくても、最近、超過勤務もイイとこで、皆バテバテで、何とか、やってる状態
なもんで、夜勤明けなんて、体がいうことをきかないのだ。だが、半日でも、横
になれたら、大分違う。
「締切だけは守ってくれよ」
隊長の言葉に、俺は、真面目に敬礼をかえした。感謝を込めて。
兵舎に戻ると俺は自分のベッドに潜り込んだ。食い気より、今のところ、眠気が
勝っている。俺は、毛布を被るとそのまま寝入った。
「だから、【賭け】は、続行しているんだろ?」
「誰も、証拠ってやつを見つけられないじゃんかよ」
どのくらい時間が経ったのか、俺の周りで、声がしはじめた。
うるせーな。俺は寝てるんだ。ガタガタ喋ってんじゃあねーよ。
「ちゃんと、見張ってんのかよ?」
「これ以上は、ないってほどにな」
だから、俺は寝てんだよ。夜勤明けで眠たいんだ。これ以上、俺の周りで喋って
みやがれ、誰だろうと、ぶん殴るぞ。
俺は、毒づいた。目覚めが近いのかも知れない。ああ、勿体ない。
「でも、絶対、隊長には特定の人が出来たんだよ。それだけは絶対。見てりゃあ
、わかるって」
隊長…?
その言葉に、俺は反応して、一気に目が覚めた。といっても、それで、起きるの
はクヤシイ。
「人が寝てんのに、イイ度胸じゃねえか」
俺は、機嫌の悪い、まさに寝起きの声で、唸った。
「ア、アラン」
「あっ、班長、目が覚めちゃった?」
何ちゅう、脳天気なリアクションだ。
「そんなデカイ話し声が聞こえたら、否応なしに目が覚めるだろうが」
俺は、身体を起こした。
「誰だよ、人の眠りを邪魔したのは。俺は夜勤明けだぞ」
よほど機嫌が悪く見えたのだろう。ジャンがビビリながらも、「俺も同じだよ」
とボソボソ言う。だったら、おまえも寝てろよ。
「もう、そろそろ、仕事に行かなきゃマズイかなって、支度をしてたとこなんだ
よ」
そう言うのは、フランソワ。見れば、皆、昨夜の夜勤組だった。
仕方がない。この面子には、文句は言えない。
「もう、そんな時間なのか?」
「3時過ぎだよ、アラン」
昼飯も抜いて眠ったのか…この、俺が。いや、それより、もう3時だって?マズ
イ、書類を仕上げないと、隊長に迷惑を掛ける。
元々、夜勤組には3時間の仮眠しか認められていない。昼には、仕事に戻ること
になっているが、隊長の裁量で、俺達は、その日の仕事によっては、多目に休め
るのだ。今日もそうだった。
「…そうか、わかった。先に行ってくれ、俺も支度したら、すぐに行く」
隊長に迷惑は掛けられない。ブイエのオヤジにでもバレたら、又、イヤミの嵐だ
。
俺はベッドから立ち上がると、制服に手を伸ばした。
部屋を出ていきながらも、ジャン達は【賭け】の話を蒸し返していた。
無理だな。隊長の特定の相手なんて、わかりゃあしない。【賭け】は継続だ。
あまりにも身近すぎて、あいつが相手だなんて、俺だって、資料室で見なきゃあ
、信じられなかったんだからな。確かに、あいつ以外に、いるわけもないんだろ
うが。
口止め料を貰った手前、俺は誰にも言いませんよ。
俺は心の中で隊長に誓うと、部屋を出ていった。
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