「賭け −12月の誕生日−第5章」


今日は、実に…充実した1日だった。
私は、ゆったりした思いで、机の上に置いてある時計へ目を向けた。
今は外国に住む幼なじみから、去年の誕生日に贈られた小さな置き時計。
金の太陽と銀の月が対になっているそれは、「貴女達二人がいつまでも共にあり
ますように」という幼なじみからのメッセージと共に贈られた物だった。正確に
時を司り、そして時を知らせてくれるその針は6時を指していた。
溜まっていた書類仕事は、意外な早さで進んだし、時間がかかるだろうと思って
いた部下達の報告書も締切間際ではあったけれど、きちんと提出がされた。
本来、デスクワークは好きではないが、こうスムーズに仕事が済んでいくと、な
かなか、いいものだと思えてくるから不思議だ。
この調子で行けば、明日には決裁待ちの書類は全てなくなるだろう。
安心して、休暇に入れる。良かった。
「隊長、ご機嫌がよろしいですね?」
言葉と共に、目の前に差し出されるのは、湯気の立つ白いカップ。
うーん、絶妙なタイミング。
ちょうどお茶が欲しいと思っていたところだった。
「ありがとう。気が利くな。おまえは最高の補佐だよ」
「お褒めに与り、光栄です、隊長」
この部屋には、二人きりなのに、あまりにも律儀なおまえの態度に、つい私は笑
ってしまった。
「笑いすぎだ」
私を軽く睨むおまえの目も笑っている。
今日、【賭け】の勝者である私は、おまえに、ある事を科した。
ほんの悪戯心から思いついたものだったが、これが、結構、楽しかった。
いつもだったら、不意をついたように、おまえは私を驚かす行動をとる時がある 。
司令官室の扉が開いているのに、かすめ取るようなくちづけをしてきたり。廊下
で隊員達の声がしているのに、抱擁を解いてくれなかったり。
公私混同を嫌うくせに、時折、そんなことをして、私を驚かす。困って、恥ずか
しくて、慌てる私をおまえは嬉しそうに見つめるのだ。
 莫迦。
 ヤな奴。
 おまえなんかキライだ。
いくら言っても、おまえは笑っているばかりで、全然、効き目がない。私の言葉
が本気じゃないって事を百も承知だから。
でも、今日は違う。
約束したから、おまえは、私を驚かすことはしない。ただ、じっと…熱く…私を
見つめてくる。
最初は、居心地が悪かったけど、馴れてしまうと、おまえの視線が嬉しかった。
仕事をしているけれど、時々、盗み見るように私を見ていることがわかる。でも
、私は気が付かない振りをして、書類を見る。
焦らすって言うのは、こういう気持ちなのかな?何だか、ちょっと嬉しい感じの
…。
私にも、こういう気持ちがあるなんて知らなかった。不思議だ。
私にとって恋人という存在は、おまえが初めてだから、毎日が新しい発見ばかり
だ。
自分の中に、毎日毎日、新しい自分が生まれている。今まで知らなかった感情が
たくさん溢れてくる。
鏡を見る度、朝を迎える度、そして、おまえに愛される度…私は、知らなかった
自分に出逢うのだ。
おまえが私を見つめている。
そのちょっと苛立った感じの、熱い視線が嬉しいなんて、思う日が来るなんて、
考えもしなかった。
おまえのおかげで、私は、色々な自分に出逢う。
予想もしなかった…今まで知りもしなかった自分の中の女に苛立った日も、戸惑
った日もあったけれど、今は違う。
素直に受け入れることが出来る。女である私…。
おまえのお陰だと、おまえが私を愛してくれたからだと、わかっているけど、こ
れは内緒の話。悔しいからおまえには言わない。
私だけの秘密。
さて…と、仕事の切れもイイから、そろそろ、帰ろうかな。
私は、おまえに馬車の用意を頼んだ。
この時、私は、すっかり忘れていたのだった。
屋敷に帰り着くと同時に【賭け】の勝者の効力が切れてしまうことに…。