「賭け −12月の誕生日−第6章」



今日のおまえは絶好調だ。
仕事はサクサク進むし、実に上機嫌で、仕事に関しては、喜ばしいことだと思う 。
提出が遅れるだろうと思っていたアラン達からの報告書でさえ、ギリギリではあ
るが、仕上がった。
アランといえば…。
最近、とみにオスカルに絡んでくるようだ。絡むと言っても、嫌がらせの類では
ないというのは、オスカルを見ていればわかる。何か二人だけで、わかる話をし
ているというのも、実は気になるのだが…。
害がないようだから、放っておくか。と、思えるのは、俺に余裕が出来たからか
も知れない。以前の俺なら、気になって、問いつめていただろう。
だが、今の俺は、アランのことより、休暇前の仕事の方が気になっていたのだ。
決裁待ちの書類を残して、休暇に入るなんておまえの性格上、出来そうもないか
ら、下手すれば、せっかくの休暇が、なし崩しになってしまうのではないかと、
少し恐れていたのだった。
が、それは杞憂に過ぎなかったようだ。
この調子で行けば、明日中には、全ての片が付くだろう。俺達は、心配なく、ゆ
っくり休むことができる。
年末から新年にかけての1週間の休暇。やっと手に入れた休暇だった。
慌ただしく過ぎるかも知れないが、少しでも、おまえの身体を休めることが出来
たら…と、そこで、とある矛盾に行き当たり、俺は小さく笑ってしまった。
おまえに早く休めと言っておきながら、共に寝台にいて、おまえを眠らせないの
では、意味がない。
わかってはいるが、長年の想いが通じ、そして、おまえの全てが俺のものとなっ
た今、夜でさえも側にいたいのだ。いや、夜だからこそ…か。
幼い時より、長い間、おまえと一緒にいたのに、想いが通じ合ってからは、毎日
が新しい発見ばかりだ。
今までの幼なじみとしてだけではなく、恋人として甘えてくるおまえ。
無防備な姿。
少女の様な笑み。
そして…俺を惑わす女の笑み。
甘やかな吐息。
薄紅に染まっていく肌。
柔らかな、しなる肢体。
掠れた声。
くり返し俺の名だけを呼ぶ唇。
女の艶が浮かぶ青い瞳。
零れる涙。
俺の腕の中でだけ見せてくれる顔。
「アンドレ?聞いているのか?」
不意に俺は現実に戻された。
目の前には、軍人のおまえの顔。
「何度も呼んでいるのに、おまえときたら…」
「ああ、すまない。何か?」
「用があるから呼んだんだよ」
怪訝そうな顔をして、おまえは俺を覗き込んでくる。
「具合でも悪いのか?」
「い、いや、そんなことはない」
俺は慌てて立ち上がった。先程、俺が考えていたことがおまえにわかったら、責
められるに決まっている。
何せ、今日の俺は、昨夜の【賭け】の敗者なのだから。隊に着いてからの、今日
1日というものは、実に長かった。
昨夜、おまえの願いを聞いた時は、それほど、深刻に受け止めていなかった。そ
れを口実に夜を過ごしたくらいだった。
今日になっても、1日くらい、とタカをくくっていたのだが、それは間違いだっ
た。
つい、おまえに触れてしまう。そうすると、抱きしめたくなる。で、おまえの笑
みと共に柔らかい拒絶にあうのだ。
おまえは、嬉しそうに願いを口にする。そして、俺の不満気な表情を見て、クス
クスと笑うのだ。見るだけでも…と、熱く見つめても、素知らぬ振り。まるで、
恋に手練れた女のようだった。
俺は、自分でも意外なほど、おまえに振り回されてしまった。
「仕事のキリがイイから、屋敷に帰ろう。馬車の用意を頼む」
おまえの言葉は、俺にとって救いの言葉だった。
【賭け】の願いは、屋敷に帰り着くまで、有効。帰り着いたら、勝者と敗者の関
係は終わりだ。
「ああ、わかった。すぐに用意をしてくる」
今夜は眠らせてなんかやらない。
俺は心の中で呟いた。