「賭け −12月の誕生日−第7章」


「オスカル様は、今夜もお戻りが遅いのかしら?」
ここはオスカル様のお部屋。お付きの侍女達で掃除をしているところだ。
ロミーナの先程の問い掛けに、私は答えることが出来なかった。
さあ、と肩をすくめることしかできない。
「最近、朝しか、お見かけできないわよね」
鏡を磨いているエブリーヌが、私の代わりに、ため息を吐きつつ答えた。
本当、その通りよ。
「それでも、たまにでしょ。私達、オスカル様付きの侍女なのに、お世話するどころ
か、
稀にしか、お見かけできないなんて…」
窓際にいるイザベルが、振り返って不満気に訴えてくる。
私に言われても困るわよ、そんなこと。
私の不満気な顔に気付いて、今度はシモーヌが口を開く。
「だって、シャロンが、私達のまとめ役でしょ。シャロンからオスカル様に言って貰
うし
かないじゃない」
何て、言うのよ。オスカル様に。
「そう、ね」
「うん、そうだわ」
「やっぱり、ここはシャロンに」
「オスカル様にお願いして貰う、と」
ちょっと、ちょっと、本人を差し置いて、何を結論づけてるのよ、あんた達は。
「いい加減にしなさいよ、あんた達」
這うような低い私の声に、皆ふざけすぎたと気付いたらしい。
「や、やだなー、シャロン。私達、ちょっとだけ、願望を口にしただけじゃない」
エブリーヌが、引きつりながらも笑顔をみせた。
「そう、ちょっとした願望って言うか、冗談よ、冗談」
ロミーナも、同調する。
「シャロンが一番オスカル様に近いんだから…」
シモーヌの言葉をイザベルが引き継ぐ。
「そう、だから、シャロンだったら、言えるかなあ…なーんてね」
あんた達ねえ。
私は大きくため息を吐いた。
そう、私、シャロン・セシリア・アリスンは、皆の言う通り、オスカル様付きの侍女
の中
では、一番長くお仕えしている。
もちろん、ばあやさんを除いて。
私が、行儀見習いを兼ねて奉公にあがった頃は、オスカル様は、未だ士官学校に通っ
てい
らした。
そして、結婚して、お暇を頂いて数年後、タチの悪い流行病で主人を亡くし、寡婦と
なっ
てしまった私は、また、こちらでお世話になることになったのだった。
「シャロン、又、世話をかけるけど、よろしく」
そう仰ったオスカル様は、立派な軍人になっていらした。
少年のようだったオスカル様。そして、いつも側にいた黒髪の少年、アンドレ。
私が、こちらに戻った頃、オスカル様とアンドレは、微妙な関係にあったようだっ
た。危
ういというのかしら…。
勿論、大人になったのだから、子供の頃と同じままではいられないだろうし、成長も
して
いくのだろうけれど、男と女の危うさを私は二人に感じてしまったのだ。
オスカル様の転属、結婚話、舞踏会…と、目まぐるしく季節は過ぎて、今のオスカル

は、以前と違う雰囲気をお持ちになった様な気がする。
柔らかな、優しい女性の瞳をされる時があるし、何気ない仕草に、こちらが、はっと
して
しまうほどの艶を感じる時もある。
その因に思い当たらないわけでもないけれど、深く考える事はヤメにしておきましょ
う。
昔から、人の恋路を邪魔する者は…ということだし。
「ねえ、ねえ、シャロン、聞いてるの?」
シモーヌの声に、私ははっとする。
「え?何?」
「もう、ちゃんと聞いていてよ。最近、思うのだけど、オスカル様って、どなたかお
好き
な方が出来たんじゃないかしら?」
「えー、シモーヌもそう思うの。私も、そんな気がしてたのよ」
ロミーナが嬉しそうに声をあげた。
「私も、実はクサイ…と思っていたのよ。だって、最近じゃない?オスカル様がお一
人で
身支度なさったりするの。あれって、お一人で、恋しい方に想いを馳せていらっしゃ
るん
じゃあないかって」
何で、身支度が恋しい人に関係あるのよ。
私は心の中で、ロミーナに突っ込んだ。
「私も、私も、混ぜてー」
「きっとオスカル様は、鎧のような軍服をお脱ぎになる時、恋しい方を思い出され
て、女
性に戻られているのよ」
「そう、それで、私達を近づけると、その想いを邪魔されてしまうから…」
皆は、異様に盛り上がっていた。妄想、入り過ぎよ、皆。
じゃあ軍服を着る時はどうなのよ、と突っ込みたいが、そうするとこの話に収拾がつ
かな
くなってしまいそうだし。
「あんた達…いいかげんになさいよ。口だけでなくて、手も動かす」
私の声に、皆は黙り込んだ。
「シャロン、怒っちゃやーよ。そんなコワイ顔をして…。冗談よ冗談、ね?」
ロミーナは、引きつりながら、皆に同意を求めた。
「そうそう、冗談なのよ。ほら、最近、オスカル様とお話しできないし。オスカル様
を話
題にしたくて…」
「気持ちはわかるけど、オスカル様はともかく、ばあさやんの耳に入ったら、あんた
達、
思いっきり叱られるわよ、不謹慎だって…」
「あんた達、まだ終わらないのかい」
あまりにもタイミングの良いばあやさんの登場に私達は悲鳴を上げた。
「何だね、人をお化けみたいに」
「ごめんなさい」
私達は、一斉に頭を下げた。どうやら、先程の話は、ばあやさんの耳には入っていな
いら
しい。
「早く終わらせておくれ。さっき、オルタンス様とル・ルー様がお見えになるという
手紙
が着いて、皆、大慌てで準備をしてるんだから」
「オルタンス様とル・ルー様が?」
「そうなんだよ。手紙はずいぶん前に出されてたみたいだけどね。早くしないと、午
後に
は、お着きになるらしいから…」
ばあやさんの言葉に私達も慌てた。
オルタンス様とル・ルー様は、オスカル様のお誕生日にあわせていらっしゃるのだろ
う。
だとしたら、早く準備を済ませておかないと、バタバタしているところをお見せする
こと
になってしまう。そんな事は許されない。
「さあ、早く」
私が後を片付けるに事にして、皆は、ばあやさんと共に部屋を出ていった。
オルタンス様とル・ルー様…どちらも勘が鋭い方。何も起こらなければいいけど。
私は小さく溜息をついた。
ああ…今日も目まぐるしい1日になりそう。