「賭け −12月の誕生日」
荒くれ者の集まりだの、外れ者の集団だの、上の奴らが好き勝手に評する俺達は
、時々、【賭け】に興じる。って、まあ、興じるって言う程、上品なものじゃあ
ない。酒を飲むにも、金がいる。金がなけりゃあ、いろんな(おっと、含みがあ
るか)遊びもできない。と言うわけで、【賭け】は一種の娯楽代わりみたいなも
のだ。で、その【賭け】だが、金を賭けたりはしない。だって、そうだろう。金
がなくて、遊びに行けない代わりなんだからよ。ただゲームの「勝者」が願いを
「敗者」に叶えてもらうっていうものだ。例えば、寒い日の巡回を代わってくれ
とか、深夜の仕事を夕方のやつと交代しろとか…。まあ、実用的なヤツだな。
【賭け】は、剣や銃を使わない。自慢するようだが、剣だと、俺の一人勝ちにな
るし、銃だと、ユランが勝つに決まっている。決まり切った勝負じゃあ、おもし
ろくない。で、何で勝ちを決めるかって言うと…。うーん、そうだな。確か、前
回は、ブイエの奴が、おっと、いけねえ、いけねえ。ブイエ将軍閣下が、俺達の
訓練に出てくるか、否か。出てこないとしたら、言い訳は何か?又、威張りくさ
って、出てきたとして、何分で怒りまくって帰るか?帰ったとして、今度は、我
らが隊長が怒り出すか?それとも良い機会だから、体を休めておけと解散させる
か?みたいに延々と仮定しておいて、総当たりの奴が勝ちっていう【賭け】だっ
たな。勝ったのは、ラサール。あいつ、一人勝ちしやがって、チキショウ。後で
、俺達は、草刈りだの、雨の日の巡回だのやる羽目になった。
さて、今回の【賭け】は…誰が言い出すか。
「なあ、なあ、アラン」
フランソワの呼び掛けに俺は顔をあげた。そう、俺は、真面目に銃の手入れをし
ていたのだ。
「何だよ?」
「最近、隊長、色っぽくなったと思わないか?」
「ああー?」
実は、俺も内心、感じていたことなので、動揺を隠そうと、荒く聞き返してしま
った。
「そんなに怒るなよー」
「怒っちゃいねえよ。何で、そう思うんだよ?」
俺の言葉にホッとしたのか、フランソワは続けた。
「だってさあ、最近…いや、前から、綺麗だったよ、隊長は。でも、ここ最近、
すんごーく綺麗って言うかさ、こう、見てて、ドキドキして来るって言うか…」
「お、俺もそう思う」
ジャンが口を挟んでくる。こうなりゃあ、誰も止める奴がいない。
「艶が出てきたって言うか…」
「ぞくっと来る時あるよな」
「誰のせいだと思う?」
「あの、すましまくった近衛の奴か?」
「いや、身近にアンドレ?」
「それを言うなら、この前、隊長を訪ねてきた幼なじみとか」
悔しさ半分、羨ましさ半分で、詮索は尽きない。
「賭け…だね」
側で、黙って聞いていたユランが一言。
「おーし、じゃあ、相手を限定できた奴の勝ちか?」
「で、その証拠も付けると…」
あっさり、話は決まった。こう言う遊びに関しちゃあ、俺達は素早い。ダグーの
おっさんが聞いていたら、勤務に生かせと嘆くだろうが。
だけど、正直言うと、俺は、この【賭け】には、あまり乗り気になれなかった。
何となく、何となくだが、隊長を見ていて、答えがわかっているような気がして
いたからだ。それを言うなら、俺より聡いユランが気付かない筈はないんだが、
な。まあ、それから、俺達1班は、いつにもましての勤勉ぶりを発揮した。何せ
、隊長を見張っていないと対象者がわからないとか、ピエールが言い出して…。
抜け駆けは無しだと、1班全員が行動を起こした。熱心に訓練したり、巡回につ
いて行きたがる俺達を隊長は不思議そうに見ていた。
【賭け】を始めて数日後、俺は、その答えに行き当たった。
キッカケは些細なことだった。アンドレを探して、資料室に入った時のことだ。
普段は、よっぽどのことがない限り、俺はこんな所には来やしない。辛気くさい
書類だの本がある場所なんぞに。ただ、その日は珍しくアンドレ宛に手紙が届い
て、それを奴に届けりゃあ、麗しい隊長にも会える−こっちが主だが−と、部屋
に行っても二人ともいない。書類が机の上に広がっていたから、資料室かと、行
ってみたが、気配は無かった。見当違いだったらしい。たしか奥に物置があった
が、そんなトコに二人が居るわけもない。俺は諦めて、その場を立ち去ろうとし
た。
その時。
微かに物音が聞こえた…ような気がした。まさかな、と思いつつも、妙に気にな
った俺は立ち去る振りをして、書架の影に隠れた。気のせいだったらいいが、万
一、コソ泥だったりしたら、俺達衛兵隊の面目丸つぶれだ。ちょっと一休みもで
きるし、と、俺は座り込んだ。30分も経っただろうか、俺は情けないことにウ
トウトし始めていた。
そして。
ギッと部屋に響いた乾いた音で、俺の目は覚めた。
イイ度胸じゃねえか、こんなトコに盗みに入るなんてよ。
俺がそう思った時、聞き慣れた声が俺の耳を打った。
「今日中に仕事が済むかな?」
「もう…誰のせいだと思っている?」
前者は俺達の仲間の声、後者は俺達の隊長の声。
どちらも甘い響きがある。
そういうことかよ…。
俺は心の中で呟いた。薄々わかっていても、はっきり目の前に突きつけられると
…正直言ってキツイ。
「今度こそ、資料を探し出して、持ってきてくれ。今日中には屋敷に帰り着きた
いからな」
隊長の声が近付いてくる。
マズイ、見つかるかも。と、俺は慌てた。
「オスカル」
奴しか呼べない隊長の名。
「もう、何だよ?仕事が溜まってるんだぞ」
口調は邪険なのに、声が優しい。
そうか、隊長は、「私」ではこんな感じなのか。「公」の声しか聞いたことがな
いからな、俺は。
「敗者殿、勝者の願いを今一度」
芝居がかってアンドレは告げた。
「だ、だめ。お、おい、ア…アンド…んっ…」
隊長の言葉が途中で途切れた。アンドレの野郎が何をしているかは明らかだった
が、そこに俺が出て行く訳にはいかない。俺はじっと耐えた。ようやく隊長の声
が聞こえてきた時、俺は心底ホッとした。
「金輪際、おまえとは賭けなんてしないからな」
「冷たいな、やっと2度目の勝利を手に入れたのに…」
「だって、朝からずっと…あんなことして…」
「わかった。おまえが嫌がることはしないよ」
「ほんと?」
「ああ、おまえに誓って」
「…だったら、良い」
「お許し頂き、ありがとうございます」
「今回だけ…だからな?おまえの言うことを聞くのは…」
「次からは?」
「もう絶対、おまえに勝たせない」
隊長の子供じみた口調に、あやうく俺は吹き出すところだった。アブナイ、アブ
ナイ。って、何で、俺が、こんな所で、こんな甘々の話を聞かなきゃいけないん
だよ。バカらしい。
結局、俺は、隊長と資料を探し出したらしいアンドレが資料室を出て行くまで、
書架の影に隠れているしかなかった。
結果も証拠もそろったが、俺は誰にも言わなかった。言えば、【賭け】は思いっ
きり俺の一人勝ちになるが、その後が面倒になりそうだと思ったから…っていう
のは、言い訳にしか過ぎない。表沙汰になれば、本当に隊長はアンドレのものな
のだと、思い知らされそうで恐かったのだ。
それから、数日が経った12月の寒い朝。俺は、ダグーのおっさんから預かった
書類を持って司令官室へ向かった。
「ああ、すまなかったな、アラン」
隊長の笑みに見とれながら、書類を渡す。この笑顔も、この声も、あくまで「公
」の域で、俺は「私」の隊長を知ることはない。
テキパキと書類の選別を行い、必要書類に決裁の印を押す隊長を見ている内に、
俺は少しばかり、悪戯心がわいてきた。
決裁済みの書類を貰い、揃えながら、俺はさり気なく切り出した。
「妙なことをお聞きしますが、隊長は【賭け】とか、されますか?」
「え?」
いきなりすぎたかな。隊長はキョトンと俺を見ている。
「いや、今、俺達の間で【賭け】をしてましてね」
「どんな?」
「ターゲットは隊長です」
俺は邪気なく、にっこり笑った。
「私か?何だか、おっかないな…。私の何が、その対象になるんだ?」
「最近、隊長が色っぽくなった…。失礼、これはフランソワの言葉ですが、奴も
含めて、実は、皆がそう感じてまして…」
と、ここで俺は言葉を切った。馬鹿者と一喝されるかと思ったが、隊長は、何と
も言えない表情だった。怒るべきか、笑うべきか、困っているって感じの。
隊長はコホンと咳払いを一つ。
「それで、おまえ達の【賭け】とは?」
「はっきり言えば、隊長の変化の原因を見つける、っていうものです」
「…で?」
「偶然なんですが、この前、資料室で、その因に遭遇しました。まあ、因ってい
うのは」
「アラン」
俺の言葉を隊長は遮った。少しばかり、頬が紅く見える。
「はい、隊長」
うん、我ながらいい返事だ。何せ、俺は忠実な部下だからな。
「そうだとしたら、【賭け】は、おまえの一人勝ちになるのではないか?」
「まあ、そうなんですが、一人勝ちしたところで、俺達だけだと賞品がショボイ
ので…」
「何が欲しい?」
「口止め料…下さるんですか?」
俺は少しばかり、ウキウキしていた。怒ったようにも見える隊長だが、声はうわ
ずっているし、顔も紅い。こんな「私」の隊長を見ることは、そうそうできない
だろう。もちろん、本気で困らせるつもりはない。ただ、もう少しばかり、こん
な隊長の顔が見ていたいだけだ。
「考えさせて下さい」
「わかった、アラン」
焦らす俺にキレたのか、隊長は立ち上がって、俺に近付いてきた。悪ふざけが過
ぎた、隊長に殴られると、思わず目を瞑った時。
唇に柔らかなものを感じた。温かくて、いい香りがする。驚いて、目を開けると
、俺の目の前には、悪戯ぽい笑みを浮かべた隊長。
「口止め料は、払ったぞ」
「えっ、えーっ」
ガキだと笑うなら、笑え。思いっきり、俺は慌てまくった。
「たっ、隊長」
「何だ、口止め料が欲しいと言ったのは、おまえだろう?」
「そうですが、あいつに知れたら…」
「そう…二人とも大変な目に遭うな」
真剣な口調の割に、隊長は目が笑っている。
「だから、あいつにも言えないし、あいつの耳に入ったら、大変だから、おまえ
は皆にも言えない」
ズ、ズルイ。俺は、心の中で叫んだ。
そんな俺の心の内を知ってか、知らずか、隊長はニッコリ微笑んだ。
「今日は、おまえの誕生日だろう。おまえには迷惑かも知れないが、祝福も兼ね
たんだ。許せ」
そんな笑顔で言われたら、俺は、何も言えなくなる。すっかり手の内を読まれて
いるようで、おもしろくない。ちぇっ、結局、隊長は俺をガキとしか見ていない
んじゃないかと拗ねたくなる。
何か、言い返そうとした時、軽やかなノックと共に「あいつ」が入ってきた。
「アラン、ここにいたのか」
居て悪いかよ。俺は心の中で毒づく。
「ダグー大佐が、おまえに預けた書類のことで探していたぞ」
「ああ、それなら、今、処理が済んだところだ。アラン、待たせて悪かったな」
隊長は、もう「公」の顔に戻っていた。それに寂しさを感じながら、書類を受け
取り、俺は司令官室を後にした。
実のところ、【賭け】のことは、どうだっていい気分になっていた。単純すぎる
と呆れられるかも知れないが、隊長が、俺の誕生日を知ってくれていた事の方が
嬉しかったんだ。いい年をして、祝って欲しいとか思っていたわけじゃないし、
隊長に言われるまで、俺自身でさえ忘れていた事だったが。
我ながら、現金なモンだぜと、おかしくさえなってくるが、まあ、いいか。
その日から、しばらく、俺は顔を洗うことが出来なかったってことは、誰も知ら
ない。
そうして、俺達の【賭け】は、年を越し、結局、チャラになった。誰も、相手を
限定して、証拠を見つけることが出来なかったし、もちろん俺は、何も言わなか
ったからだ。まさか、口止め料を貰いましたなんて、口が裂けても言えないしな
。
今、フランソワ達は、次の【賭け】の標的を探しているらしい。俺は、しばらく
の間、【賭け】から離れていようと思っている。