☆ 好きな季節は ☆



       ある夏の日の午後、私達はいつものように他愛のない話をしていて、好きな季節の話
       になった。
       私はどちらかというと冬よりも夏の方が好きだ。空は青く、木々は
       緑に輝く。生命は息づき限りない生命力を感じるのだ。

       「俺はどっちかっていうと冬の方が好きだな」
       彼はそういうのだ。彼の方が私より夏の季節が似合うと思っていたので、それを聞いた
       ときは意外だった。
       「そうなのか?それは意外だ。お前はてっきり夏の方が好きかと思っていたぞ。
       どこらへんが好きなんだ?」
       私はそう彼に聞いた。
       「どこが?うーんそうだなあ。空気が張り詰めるところとか、雪景色とか。それに・・・」
       そこまで言うと、彼はふと私を見、それから誤魔化すように宙を仰いだ。
       「それに、何だ?」
       「別に。いいじゃないか」
       「なんだそれは。何か理由があるのだったら教えてくれてもいいんじゃないのか?」
       「うん、今度な」
       「今度って何だ今度って?」
       と、上手い具合に廊下の向こうからばあやが彼を呼ぶのが聞こえた。
       じゃ、行かなきゃ、と彼は私を上手く誤魔化してそちらへ行ってしまった。
       ばか、と私は心の中で悪態をついて見せた。

       今日も空は青く澄み渡り、日差しは強くなりそうだった。
       私はいつものように出勤の支度を整えながら考えていた。
       冬か。私も冬は嫌いじゃない。この暑い季節に、冬へと思いを馳せた。
       彼の言うとおり秋から冬へと移り変わる季節は空気がより
       いっそう澄み切っている感じがする。それに自分の誕生日もあるし、決して嫌い
       ではなかった。思い返せば昔は自分も冬の方が好きだったのではないか、と思い
       出していた。
       そうだったかもしれない。でもだとしたらいつから私は夏の方が好きになったんだろう?
       そのうち兵舎へ出勤する時間がやってきて、遠くで彼が私を催促する声を聞いた。

       明日は彼の誕生日だ。もう既に贈り物の目星はつけているのだが、今年は何を
       贈ったらよいか、思案を繰り返す日々だった。何を贈れば彼が喜んでくれるか、
       どんなものなら良いのか、私は毎年毎年、年を追う毎に思いあぐねていた。
       でも、毎年それが楽しくて仕方がない。
       これがいい、といってくれるなら容易いが、以前に希望を聞いたら
       「お前が大人しくしててくれるのが贈り物だ」
       なんていわれたこともあった。確かにあの頃はちょっと大人しくなかったかもしれない
       が・・・。彼に気づかれないように、密かに贈り物を用意しなくては。私は子供のように
       心を躍らせていた。
       司令官室を叩く音がした。彼だった。
       「隊長、お茶をお持ちしました」
       「ああ、有難う」
       馴れた手つきで机にそれを置く。
       「ん?お前何にやついてるんだ?何か考えてたのか?」
       彼は唐突に私の表情を見てそういった。にやけてるって?誰が?!
       「し、失礼な奴だな。私はそんな顔していないぞ!」
       「ふーん」
       何か言いた気のようだったが、彼は特に深追いはしなかったようだ。私としたことが、
       気持ちが表情に出てしまったってことか。まだまだ甘いな、私も。

       その日の勤務後は適当な理由をつけて彼の供を断り、一人でパリへと出向いた。
       ある店に頼んでおいた彼への贈り物を引き取りに行くためだった。
       高価なものならいくらでも買える。でも彼はそういうものは好んでいないようだった。
       たとえ廉価でも心がこもったもの、そちらの方を好むのだ。
       店の主人は器用にそれを包装していく。質素ながらも綺麗な包装だ。その主人の
       指先を見詰めながら、私はふと何故夏が好きなのかその理由に気が付いた。

       彼の誕生日があるからだ。

       祝ってもらうよりも、いつの間にか祝う方が自分にとって重要なことになっていたのだ。
       彼が生まれてきた日を、こうやって共に生きていくことの出来る喜びを、分かち合うこと
       を改めて確認できる。
       でも、いつからなのだろう?最近ではないような気がする。
       そう、かなり前からそうだったのだろう。きっと私の中で夏が好きになった頃から、
       実は心のどこかで彼のことを愛し始めていたのかもしれない。
       それはひとつのシグナルだったかもしれないのに、何故こんなに
       鈍感だったんだろうか?そう思うと自嘲せざるを得なかった。
       また同時にひとつの考えがよぎった。先日はぐらかされた彼への質問・・・
       その答えは、もしかしたら。

       遅めの夕食を取り終え自室へ戻ると、日の長いフランスの夏の夜もすっかり闇へと
       包まれていた。暫くすると、いつものように彼が私の部屋へとやって来た。
       いつものような他愛のない話。でも、誕生日の話は何かもったいない気がして、
       なぜか触れなかった。そうしているうちに、間もなく日付が変わりそうになった。
       私は不意に立ち上がり、寝室へと向かい、今日パリで用意した彼への贈り物を
       後ろ手に隠しながら持ってきた。
       「アンドレ・・・誕生日おめでとう」
       彼はその言葉にすこし照れたように微笑むと、有難う、と答えた。
       「贈り物、あるんだが。ただじゃあげられないぞ」
       私はすこし意地悪く彼に言った。
       「何か試験でもあるのか?」
       「・・・・この間の話の続きだ。冬が好きだって言った後、お前その理由を教えてくれな
       かったな。理由を述べたらあげる」
       彼はああ、という表情をした。
       「冬はノエルが・・・というよりも、お前の誕生日があるだろう?だから余計好きなんだ。
       俺の誕生日なんて、お前のに比べたらどうでもいいことだよ」
       はにかみながら、でもまっすぐに私の瞳を見つめて彼は言った。

       やっぱり、思ったとおり私と同じ理由だった。

       「どうでもいいなんて、言うな」
       思わず私は後ろにしていた腕を、そのまま彼の首へ廻した。
       「私にとってはこの日は何より重要な日なのだから」
       ああ、懐かしい匂いがする。

       誕生日おめでとう。
       彼がいる限り、私にとって夏は永遠に大好きな季節だ。


                        FIN