「止まらない!」


ひっく。
アンドレは困っていた。原因は、ひゃっくり。
ひっく。
少し前から始まったこのひゃっくりが、何故か止まらない。気にしなければ自然に止まるものだが、
一度気に掛けるともう駄目なのだ。
「困ったな、何で止まんないんだ・・・」
廊下を歩いていると、アランが通りかかった。
「よ、アンドレ。何困った顔してんだ」
「ああ、アラン。実はひゃっくりが止まらないんだ」
「ひ、ひゃっくりィ?」
わはは、とアランは笑った。がしかし、アンドレが恨めしそうに
「ひっく。辛いんだぞ、俺は」
と呟くと、すまん、と詫びた。
「止める方法か。息、止めてみたか?」
「ああ。でも駄目だった」
「もう一回やってみろよ」
アランはそうすすめた。そして
「俺がいいって言うまで息を止めるんだぞ。じゃあ、息を大きく吸って・・・・止めて!!」
アンドレは言われるままに息を止める。暫くして苦しくなってきた、というジェスチャーをしたが、アラン
はOK!とは言わなかった。
それでも我慢したが遂に耐え切れなくなって、遂にアンドレは
はあーっ!と大きく息を吸い込んだ。
「おい、まだいいって言ってないぞ」
「ばかやろう!死んでしまう!」
アンドレは苦しそうに息をついた。
「で、止まったか、ひゃっくり」
「ひっく」
返事の代わりに彼のひゃっくりが答えた。

「じゃ、次は水だな」
そういうとアランはアンドレを食堂へ連れて行った。
アランは皿になみなみと、溢れる一歩手前まで水を注ぎ、慎重にアンドレに手渡した。
「これを表面をすするように一気に飲み干すんだ」
「え・・・。そんなんでなおるのか、ひっく」
アンドレは半信半疑だったが、アランに言われたとおりに水をすすり、飲み干した。
「・・・・どうだ?」
暫くアンドレは押し黙っていた。
「うん、いいかも・・・・ひっく」
しかし、失敗だった。

「わっ!!」
アランは急に大声を出した。
「・・・・・・何?」
アンドレは怪訝そうな顔でアランをじっと見つめた。
「驚かないか?」
「別に?」
「驚いたらよく止まるって言うじゃないか」
アランはばつの悪そうにしていたが、気を取り直して続けた。
「じゃ、これはどうだ?C中隊のロベールとヨハンって、デキてる
らしいぜ」
「「ふーん、噂は聞いてたけど、本当だったんだなあ、ひっく」「・・・・・驚かないのか・・・。」
アランはがっくりと肩を落とした。
「だって何だかどれもこれもぱっとしないんだもの」
アンドレは率直に厳しい感想をを述べた。
「お前、ひどい奴だなー。俺は一生懸命考えたんだぜ?」
アランは思ったより落ち込んでいるようだった。それを見たアンドレは言い過ぎた、と後悔して
「あ、すまん。俺の為にやってくれたのにな、アラン。ひっく。
有難う。仕方ないからなるべく気にしないようにするよ」
と謝った。

食堂から続く廊下を司令官室に向かって二人は歩いていた。
「隊長に署名してもらわなきゃいけない書類があったんだよ、
忘れてた」
そういってアランは数枚の書類をひらひらと目の前で泳がせた。
「そういえば隊長、最近雰囲気変わったよな?」
アランは何気なしに呟いた。
「変わったって?どんなところが?」
アンドレも気にとめる様子も無くその問いに答えた。
「何て言うかさ・・・綺麗になったよな」
ぼそっと呟くアランの言葉に内心はっとした。確かに、あいつは
最近綺麗になった。でもその要因は自分との関係であるという
ことも十分承知だった。でもまさかそんなことアランが気づく筈も
ない、アンドレはそう踏んでいた。
「・・・・お前たち、デキてんのか?」
アランはアンドレを見遣って、言った。
その言葉を聞いてアンドレは心臓が止まるかと思うほど驚いた。
バレたのか?じゃあなんて誤魔化せばいいんだ?
それとも思い切って告白したほうが身の為か・・・?
走馬灯の様に様々な思いが彼の頭の中を駆け巡った。
「なあんてな、ははは。有り得ないよなあ、万が一にも」
アランは軽快に笑い飛ばした。どうやらアンドレの動揺は気づかれなかったらしい。
じ、冗談だったのか・・・。アンドレは心から安堵して
「そうそう、残念ながらね」
そう返した。

アランが司令官室をノックすると中から「入れ」という声がした。
「失礼します、隊長。実は書類の署名を頂くの忘れてまして」
アランはオスカルの前にその書類を差し出した。
「何だ、アラン。気をつけろよ」
オスカルはそういいながらも柔和な表情でさらさらと署名をした。
気が付けば、当たりはすっかり夕闇に包まれていた。
「さて、帰るとするか。隊長、有難うございました」
アランは少しふざけて敬礼をし、部屋を出ようとした。
そこで、彼はふと足を止めアンドレに振り返った。
「・・・・おいアンドレ、止まったんじゃないか、ひゃっくり」
「え・・・?」
そう言われてアンドレは喉の辺りに手をあてがった。
本当だった。いつの間にかそれは止まっていた。さっきのアランの言葉にあまりに驚いたためだろう。

「ひゃっくりって何だ、アンドレ」
アランが部屋を出た後、オスカルは訝しげに訊いた。
「うん。実はなぜか止まらなくっていろいろ苦心してたんだ」
「でも止まったらしいが?」
「お前が止めてくれたんだよ、オスカル」
そういうとアンドレは彼女に軽くキスをしてからぎゅっ、と抱きしめた。
「??何だそれは?」
状況が掴めないままオスカルは彼の抱擁を受けていた。

そしてもう一人、状況がいまいち掴めない人がいた。
「アンドレのひゃっくり、何で止まったのかなあ?何か驚く事言ったかな、俺」
首をひねり暫く考えてみたものの、特に思い出せることもなく結局自然に収まった、ということで勝手
に解決をしていた。
こうやってある日の夕暮れが過ぎていったのだった。

                                FIN