雪の日のイリュージョン
    Tokko
           
 また、あの人のお誕生日が巡ってきますね。
オスカル・フランソワ…

閃光のように、潔く鮮烈に己の生を駆け抜けたあの人が
愛する人と共に逝って、いくつの季節が過ぎ去ったのでしょうか。

随分と時が流れて、あの人の秘めた激しい恋を知っている人は、少なくなりました。
−オスカル・フランソワ、それからアンドレ・グランディエ−

ねぇ、あなたはたしか、ふたりのことをご存じでしたわね。
そうよね。ベルサイユで彼女は、私達若い娘の憧れの的でしたものね。
それならどうか、宮廷ではじめてオスカル様を遠目にした少女の頃から、彼女をずっと見つめ続けてきた私の思い出話におつき合い下さいませね。


*    *    *    *    *


そう、あれはたしか、革命のさなか、1789年の12月25日のことだったかしら。
ノエルの日、
それから、オスカル様がバスティーユの戦いに散った悲しい日からはじめて巡ってきた彼女のお誕生日。

今もはっきりと覚えています。
あの日は、雪が降っていました。
夜半になると、前日からの吹雪は止み、吸い込まれそうな闇から、ひらひらと儚い雪片が舞いおりていましたわ。
雪は、地上のすべてを白くおおい尽くし、その起伏に応じて、紫紺の影をつくりだしていました。



私は、自家の暖炉前で、宵のうちからウトウト居眠りをしてしまったの。
夜中に目が醒めると、そこは、さっきまでいた所ではなく、静かな屋敷の中でした。

     静かな屋敷−ここは一体どこ? ここは…!

正面に、剣をかざした肖像画のオスカル様がいました。
   
     まぁ、そうなの!? 私がいるのは、あの人の部屋なの?

たしかにオスカル様の部屋だったのです。
ほんの数ヶ月前の、夏の日、
彼女と彼女の最愛の人があとにし、二度と戻ることのなかったその部屋でした。

  

       *   
 
 それでね…、
そこは、きっと在りし日のままだったのでしょうね、灯りを落とし、暖炉の火だけが赤く燃えていました。
雪が一切の音を吸収し、静まりかえった部屋では、薪の燃える音がよく聞こえていました。
しんしんと冷え込んでくる空気の中、炉辺だけは、ぽうっと明るく、暖かかった。

そのセピア色の火の方に目を凝らすと…、

     あっ 誰かいる…!?

暖炉前の小さなテーブルセットに座った2つの後ろ姿が、目に飛び込んできました。
繊細な女の背に腕をまわした男と、その男の胸に身を預けた女。
光の輪の中に、黒葡萄色と黄金の髪が鮮やかに浮かびあがっていました。
ふたりは、火を見つめ、静かに寄り添っているようでした。

私がいることなど、全く気がついてはいないようでしたよ。
−私の姿は、見えなかったのかしらね。

炎は、壁に描かれたその影を、大きくまた小さく揺さぶっていましたが、
次の瞬間、
薪が'ぱちん'と、はぜ、
そこにいる男と女の横顔が、はっきり照らし出されたのでした。

     ………!!
     −まさか、オスカル様とアンドレ!?
     …帰ってきたのでしょうか?この部屋に…。
     …それとも、私の錯覚?

私は、我が目を疑いました。

     でも、間違いありません。
     あれは、オスカル様とアンドレだわ。

見まごうはずありませんもの。
このときの私の驚き、あなたになら、分かって頂けますよね。
私は、かすかな震えを押さえることもできずに、ただ、ふたりに見入るばかりでした。


ふたりは黄金に透いたシャンペンのグラスを手にしているようでした。
'カチッ'と硬質で軽快な音をたて、無数の水滴でくもったグラスを口に運んでいました。

…何を話していたのかしら?
昔語りでもしていたのでしょうか。
オスカル様がアンドレを見上げ、楽しげにささやき、笑っていました。
アンドレは穏やかな眼差しで、その話を受け止めているようでした。
ときおり「…ふふふ…」という声が、空気を振るわせていきました。


しばらくすると、オスカル様の方が、椅子からそっと立ち上がり、窓辺に近づいて、カーテンを少しだけ押しやり、暗く果てしない戸外を眺め続けているのでした。
瞳は、懐かしげで、視線は遠い日々を追っているようでもありました。
アンドレはしばらく、物思いに耽るオスカル様を見守っていましたが、まだ半分以上残っているグラスをテーブルに置くと、オスカル様の後ろに歩み寄っていったのです。

暗い窓際にひとつのシルエットが形づくられました。
窓のガラスは寒々と冷え、外側には雪の華が白く凍り付いていましたが、ふたりは愛する人のぬくもりを身近に感じ、暖かく安らいでいたように見えました。

「オスカル…、どうした…?」
アンドレがオスカル様の肩に手を置き問いかけました。
オスカル様はちょっと身をすくめ、
「…子供のころ、お前とよじ登った木を、探しているのだ…。覚えているか…?」と
いたずらっぽい目でほほえみながら振り返ったのでした。
そのオスカル様の顔に、暖炉の火がゆらゆらと陰影をつけました。
アンドレは、愛に満たされた微笑を美しくも、なまめかしいものに感じたのでしょうか、
「ああ、もちろんだ。オスカル、忘れるものか…。」
かみしめるように答えオスカル様を後ろからしっかりと抱きしめました。
「あのとき、お前は…」と、続ける彼女の言葉をさえぎり、アンドレは、振り向いたままの彼女の唇に、自らの唇をしっとりと重ねていったのでした。
オスカル様の目許がうるみ、まもなく柔らかい唇が開き、熱を帯びていきました。

2人はそのまま、時を忘れ何度も何度もくちづけを重ねていたのでした。
激動のさなか、はじめて、深く甘いくちづけをしたのも、この窓のもとだったのでしょうか。
"あの日は、風がふくよかな花の香りを含み、カーテンをサワサワ揺らしていたな…"と、
甘美な感傷がオスカル様とアンドレに、はしったようでしたよ。
おたがいを見つめ、同時に「ほう…」とついた熱のこもった溜め息には、さらに求め合う官能が、ゆらめいていました…。

それは、はたにいる私にまで感じとれるほどのものでした。
ベルサイユでのオスカル様は、研ぎ澄まされて凛とした美貌を軍服に包み込み、武官として、隙がなく毅然としていました。
ときに、厳しい雰囲気すらありましたの。
もちろん、私達は、その美しさにときめいたものなのですけれどもね…。
その彼女が宮廷では決して見せたことのなかった、せがむような切ない眼差しと、アンドレの情熱的な眼差し、あまりにも印象的でした。
あのふたりの姿は、今でも私の脳裏に鮮明に焼き付いています。



 
そして…、
うしろからオスカル様を包み込んでいたアンドレの左腕は、彼女のシャツを滑り、その胸を揉みしだきはじめ、右手は、彼女のキュロットのホックにかけられていきました。
彼は彼女の髪をかき分け、耳たぶを口にし、その濡れた唇で、彼女の白いうなじに薄紅の痕を残していったのです。
オスカル様の胸のふくらみは、シャツの上からでも分かるほどに、キュンと固く締まって、その跡が透け出ていました。
口から漏れる彼女の息が濃密なものになり、それがアンドレの目を、男のものにしていったのでしょうか。
彼は、オスカル様を抱きしめている腕の力を、さらに強めました。
オスカル様は、求められているのを感じ、全身とろけだしそうな感覚にでもとらわれたのか、彼の左腕に両手をかけて、その胸に身をもたせかけながら、大きく息を吸い込みました。

アンドレの左手が、オスカル様のシャツを外し、コルセットにかかりだした頃、その長い右指は、彼女のキュロットの中を探り、秘密の花弁をかき分け、奥深く吸い込まれていきました。
アンドレの手にほだされたオスカル様の繁みの中のそこは、とても熱く、柔和に、すでに潤いだしていたようです。
オスカル様の呼吸に悶えの色が混じりだすと、アンドレは、彼女を正面に向け、衣類をすべて落とし、大切に抱きかかえて奥へと向かっていきました。オスカル様の目は煌めき、赤みがさした頬をアンドレの胸に埋めていました。

奥には、寝台が、かつてのままの姿をとどめていたことでしょう。
ただ一度だけの、契りを結んだであろう寝台に、ふたりは、
そのとき、また…、
深く沈んでいったのでした…。




夜の屋敷は、静寂が支配していました。
でも、奥の方に消えていったふたりの熱気は、寝台のきしみとなって、私のところまで伝わってきました。
雪明かりに青白く照らされたシーツの上では、熱っぽく火照った裸のふたりの、黒と金の髪がもつれ合い、視線が、吐息が、指が、腕が、脚が絡まり合っていたのでしょう。
もれ聞こえるオスカル様のひそやかで押し殺した声が、いつしか、切なげな、笛のように短いあえぎへと変わっていきました。

それがどんなにかアンドレの激情を煽ったことでしょうか。
しばらくすると、
「・・・オ・スカル・・」
という、狂おしげに絞り出した声をかぎりに、奥は、静かになりました。


「愛している…よ…」
愛しげなささやきが耳に入りました。
きっと、ふたりがはじめて結ばれた夜も、アンドレは、オスカル様を見つめ、こんな風にささやいたのでしょうね。
満足げに目を閉じ、彼の汗ばんだ肩に両腕をまわして、その胸の中にたゆとうオスカル様の姿が、目に浮かびました。

それから、ふたりの眼光はふたたび、切なく妖しげに輝きだし、小刻みなくちづけを交わしながら、深まりゆく夜に、流されていった…、
ことでしょう。

なくした時をとり戻すごとく、飽くことなく…。



             *      

 私は、夢ともうつつともとれず、ふたりの気配を感じるとはなしに、感じていましたが、いつしか、部屋の隅でうたた寝をしていたようです。

どれくらいの時が過ぎたのでしょうか。
部屋の闇が、かすかなコバルトへかわり、外気には、清澄な朝の匂いが、漂いはじめていました。
早暁が訪れたのです。


私がはっきりと覚醒したときには…、

暖炉の火は、すっかり消えていました。
ゆうべ、あんなに赤々と熾っていた薪も、今は、灰かい色となり、余熱すら残っていません。

−そして…、
−もう…、その部屋のどこにも…、
ふたりは、いなかった。
あれほどまで激しい夜を過ごしたはずなのに、
ほんとうに、気配すら残っていませんでした。


その朝は、陽が雪に映り、目がくらむほどの、それはそれは、眩しいものでした。
光が、部屋の奥にまで、ゆっくりと差し込んできた頃、
明るすぎる陽差しの中で、
私の目に止まったものは……、

主のいない、寝乱れた寝台、
それと、陽光をはじいてキラキラ輝く、飲みかけのシャンペン、

−ただ、それだけ…
それだけが、ひっそりと佇んでいました。


      *    *    *    *    *


…オスカル・フランソワとアンドレ・グランディエ−

…ふたりの部屋で、お誕生日を祝福し、心ゆくまで愛を交わして、
戻っていったのでしょうか。

…それとも、それともあれは、
ノエルの雪が私に見せた、イリュージョンだったのかしら。


私が、ふたりの姿を目にしたのは、あのときだけでした。
ええ、それ以来、夢でさえ会えませんわ。

でもね、
ゆったりと幸せに溢れたあの夜のふたりの姿は、私には、決して忘れることのできない大切な思い出なのですよ。
オスカル様とアンドレは、何ものからも解放され、片時も離れずに、永遠に愛し合い続けていることでしょう。
もちろん、今もね。

私の話はこの辺にして、
さあさ、今度は、あなたのお話を、ぜひお聞かせ下さいね。

  (fin)