アラン
衛兵隊が2週間ほどの休暇に入る前にアランはアンドレに妹のディアンヌの事を相談しよ
うとパリの酒場へ連れ出した。
別にアンドレに相談したところで如何にかなる事でもないが、酒でも飲まないと居たたま
れない状況になっていたのだ。
ディアンヌの婚約者が小金に目がくらんでかブルジョワの娘と婚約していたのが発覚した
のだ。それと、アランは最近まで隊長が結婚を機に衛兵隊をやめると言う噂が立っていた
のにいつのまにかその結婚話がご破算になりいつものように仕事に従事するようになった
ところのいきさつもアンドレから聞きたかったのだ。
パリのカルチエラタンの一角に当時革命思想に燃える学生たちがたむろする酒場があり、
そこへアランはアンドレを連れて行った。平民ばかりで店の中は活気があり、当時流行の
歌なども時折聴ける所だった。
「で、相談ってなんだ?」
アンドレは案内された椅子に座るとアランに聞いた。
「まぁ、そう急かすなって、今日は早く帰らなくちゃいけないのか?」
「いや、屋敷に帰ればそれなりに俺のやらなくちゃいけない仕事もあるし、あんまり遅い
とおばぁちゃんに・・・。」
「何、餓鬼みたいなこと言ってやがるんだ!いい大人が!付き合いだからそんなこと忘れ
ちまいな!それとも何か?俺とは酒が飲めねえって言うんじゃねぇだろうな!」
何やら絡まれそうな気配を感じ取ってアンドレはアランの言うがままその場で酒を注文し
た。
あたりは若者たちが何やら血気盛んに酒の力も借りて討論しているテーブルもあれば、一
人静かに物思いに耽りカウンターで酒を飲む物もいた。そんな者たちを見てアンドレは最
近まで一人酒に逃げていたことを思い出した。
「最近、あんたの隊長さんおかしかねぇか?」
「えっ!?」
アランの不意の言葉にアンドレは我に返った。
「オスカルがおかしいって?」
「そうだよ!この間まで結婚するから衛兵隊辞めるってもっぱらの噂だったのに。今はよ
う、そんな事ございません!ってな感じで連隊本部に顔を出しているし、いったい何があ
ったんだ?」
アランはアンドレの顔色を見ながら探るように喋った。
「噂は噂だろ。オスカルが衛兵隊辞めるって言っていたんじゃないから、そんなの関係な
いよ」
しれっとした態度のアンドレにアランは何かを探り出そうとしていたが彼のポーカーフェ
イスに何も読み取ることが出来なかった。
「ところで明日からの休暇はどうしてるんだ?」
アンドレは話題を変えてアランに質問した。
「お前も知っているだろう!俺の妹のディアンヌの結婚式だよ。」
「ああ。そうだったな、しかしアランこんなところで油売っていていいのか?新婦の兄と
して、ましてや親代わりみたいなもんだろう。新婦がこれからの門出に不安を残しちゃい
けないからいろいろ話をしてやらなくてもいいのか?」
「そのことなのだが・・・。」
アランの表情が苦痛に変わる。アンドレもその表情に疑問を投げかける。
「悦ばしいはずなのに何かあるのか?」
「いや・・・。お前に言っても仕方の無いことだ・・・。」
アランは言葉を失った。妹のことはたまに兵舎の面会に来て見るくらいのアンドレに対し
てアランがいろいろ相談したところで解決も出来ない。ましてや今のアンドレはきっと明
日からの休暇のことで一杯だろうから・・・。アランはオスカルとアンドレの微妙な変化
に気付いていた。
毎日錬兵場で朝の訓練が行われ、午後からはオスカルとアンドレは司令官室で書類と格闘
する毎日だがその午後のひと時たまにアランが司令官室を訪れると何処か朝のきびきびし
たオスカルとは別の彼女がいるのだった。その時は何時も傍らにアンドレの姿が見受けら
れる。ダグー大佐と一緒の時などはとても事務的に連絡事項を聞き入れていくのだが、ア
ンドレが居るときは笑い声を交えてジョークの一つも飛び出すような明るさが有るのだっ
た。この違いはなんだ!アランはその疑問を抱えてからと言うもの兵舎で泊まる時など二
人の行動を注意しながら見ていた。
アンドレは例によって例のごとくポーカーフェイスで過ごしているが、オスカルは如実に
その様子に変化を見せていた。アンドレと一緒の時は零れるばかりの笑みを絶やさない。
彼がいないと冷徹な軍人に一変する。彼の存在がオスカルに多大な影響を与えているのは
明らかだった。
「お前がそう言うんなら俺は敢えて聞かないが一人で悩みを抱え込むのもなんだと思うけ
どな。」
アンドレはそう言うと酒を喉に流し込んだ。
その様子をアランはじっと見詰めた。(こいつの何処に惹かれたのか分かるような気がす
る。)
男から見ても鷹揚と言うか懐が深く、ついつい頼りたくなる。実際アンドレが衛兵隊に来
るまではアランは皆の相談役と言うか兄貴分だった。しかしアンドレが来て衛兵隊の者た
ちが段々心を打ち解けさせていくとオスカルに抱く隊員たちの感情とは又別にアンドレに
対しては兄貴分と言うよりまるで父親に抱くそれみたいな確実な言葉を紡げられる相手と
して、絶大な信用を隊員たちに与えていた。
(かなわねぇが大したもんだよこいつは・・・。)
「なにじろじろ見てるんだよ!俺に惚れたか?」
アンドレは物思いに耽ってアンドレを見詰めていたアランにジョークを飛ばした。
「惚れたかもな・・・。」
そう言うとアランは手元のグラスの残った酒を煽り、喉を潤した。
アンドレはアランの言葉に一瞬目が点になったが、「フ・・。」っと笑って
「お前の素直な気持ちを初めて聞いたような気がするな。」
「そうか?ならそれはアンドレお前のせいだな・・・。お前の前では男でも女でも子供み
たいに意地を張るのをやめて大人しく素直になれるんだよ。只何気ない会話だが何て言う
んだろう・・・落ち着いて言葉をかわせられるんだよ不思議と心が安らいでくる・・。」
「そうか?」
アンドレはアランの意外な言葉に照れを見せ少年のように微笑んだ。不思議なムードをア
ランは感じた。
(俺が女だったらこの場で胸に縋り付いてたりしてな・・・。)
アランは酔いが廻ってきたように感じその何とも言えない感情を押しとどめた。
(今日の俺はおかしいんじゃないのか?隊長とこいつの関係を突き詰めようと意気込んで
飲みに誘ったのにこいつのペースに嵌っちまって何かおかしな感情まで出てくるし、いか
んいかん!!ディアンヌの事で少しナーバスになっているのだな。)
そして、アランは懐中時計をちらりと見た。もう11時を回っていた。
「わぁ!いけねぇ!もうこんな時間かよ!すまないアンドレ俺もう帰らなくちゃ」
そう言うと荷物を持って出て行こうとしたが、会計を済ませてなかったのに気付きアンド
レを見た。
「今日は俺のおごりだよ!妹さんによろしくな!」
アンドレは大声でアランを見送ると肩の荷を下ろしたように深くため息をついてその場に
又腰掛けた。
辺りの学生たちはさっきまで血気盛んだったのに数名がくだを巻いてその場で寝転ぶ者も
いた。そんな無鉄砲な飲み方をする若者にアンドレは数年前のオスカルとの大乱闘を思い
出していた。
(あの時は今みたいに落ち着いて人の悩みを聞いてやるような事は出来なかったのに俺も
年取ったな・・・。それに今じゃそんな悩みなど俺には無いし・・。)
アンドレは会計を済ませると寒い路地に出た。外套を羽織り辻馬車を止めるとジャルジェ
家に戻っていった。
明日からの休暇を前にオスカルがいろいろ計画してるかも知れない。そして男の付き合い
とは言っても今の二人の関係の中で帰宅する時間の遅さにじれったさを感じてご機嫌が
損なわれているかも知れない。
明日からオスカルと過ごす休暇はきっとアンドレには素晴らしい休暇になるだろう。
しかし、アランには辛い現実が待っているのだった。